1つの公演における照明スタッフの思考過程を記録することはなかなか困難ですが、うまく成功すれば、照明に馴染みのない人に「こんな仕事です」と紹介する資料になり得るでしょう。
今回は、4年ほど前に参加したジャグリング3団体合同公演の記録から、照明屋が何を考え、どんな準備をしたのか紹介したいと思います。
公演概要
- 本番時期: 2016年8月
- 公演名: ジャグリング3団体合同公演『Crossing 2nd』
- 会場: スタジオヴァリエ(京都)/中野テルプシコール(東京)
- 筆者の立場: 照明プランナー兼オペレーター
京大生のジャグリングユニット「Juggling Unit ピントクル」が主催し、ピントクルの他に2団体、合計3団体で行われたショーケースでした。会場として演劇公演の多い小劇場を使用するところがピントクルの特徴の一つです。
この公演では、記事タイトルにあるように、ハードとソフト両方を同時並行で考えていく苦労と面白さを強く感じました。
会場環境の把握
ブログにも何度か書いているように、筆者は照明を考える際のベースとして、会場環境の把握を行うことを癖づけています。すなわち、そこがそもそも劇場であるのかどうか(!)、平面図は提供されるのか、照明設備・電気設備の様子はどうか、などなど。
加えて今回は3団体の合同公演(30分×3演目、間に転換5~10分を挟みながら連続上演)であるため、各団体のオーダーにどれだけ応えるか=劇場設備のリソース配分まで加味する必要がありました。
京都公演の会場であるスタジオヴァリエは、この前年の暮れ頃から懇意にしていた劇場で、筆者は灯体の修理・照明設備の改修・CADによる電子図面作成等を行っていたので、設備については熟知しており、特に調べることはありませんでした。よって、すぐに東京公演の劇場について調べ、比較する段階へ移行することができました。
東京会場は、中野テルプシコールさん。公式ウェブサイトの掲載情報が少ないのですが(バトン図くらい載せてほしい…)、「機材について」のページから、以下の情報を得ました。
- 調光設備は「2kw×15回路 (強電部分等の改造、仮設、不可) 」
- 電気設備は「単相三線4kw(奇数フェーダーの総数)+4kw(偶数フェーダーの総数)=8kwです。」
- 照明回路について「照明用のコンセント(44回路)は各1kwです。」
第1の情報で直ちに「これは苦労するかもしれない」と気付けました。「2kW×15回路」と言えばほぼ確実に丸茂電機のディムパックまたはその模倣品です。しかも写真を見るに、D/A変換を繋ぎ込んでDMX化できる年式のディムパックではなさそう。その上劇場設備の「強電部分等の改造、仮設、不可」と来た……。
つまり、DMXで操作する余地は、ディムパックなら付いているであろう2つの純直回路 (直A、直B) に、持ち込みの調光ユニットを接続するしかありません。
一縷の望みとして、調光回路1~15のフェーダーの上に付いている「直―OFF―調」切替スイッチを「直」側に倒せば、各回路を直回路の代用にでき、DP-415などの持ち込みユニットを使える可能性はあります (ただし失敗する可能性が高い。詳しくは後述) 。京都会場にも似たような古い調光機器があるので、一応京都で試してみることにしました。
東京会場は、もっと言うと電気設備についても苦労の予感がしました。単相三線40A (アンペア) は、写真でわかる劇場の広さに比べて明らかに不足です。
そこで、「京都公演の段階から、東京を見据えて可能な限り電力消費量を抑えるプランにしよう」という考えが脳裏をよぎりました。電力消費を抑えるということは当然、一般の500W灯体の使用数を減らし、LED灯体を積極的に取り入れることを意味します。京都会場の電気容量は単相三線100Aであり、普通の公演であれば容量を気にせず使えるレベルでしたが、だからと言って京都専用のてんこ盛りプランを組んでしまうと、東京で「詰む」な、と直感したわけです。
また、灯体についても東京は「凸」「フレネル」というざっくりした括りでしか記載されておらず、複数の機種が入り混じって使われていることが予想できます (後にこの予想は正解だと分かりました) 。
この場合、たとえば「4.5インチと6インチが混在している可能性」とか、「レンズ性能が異なるフレネルが混在し、照射範囲や明るさがばらつく可能性」が懸念されます。
このように東京の苦労を見越して組むことになった京都プランでしたが、2つの公演会場には奇妙な共通点がありました。それは、
- 京都会場の常設調光機器も、ディムパック同様の古い型式であること
- どちらの会場も、標準の灯体が凸とフレネルのみで、パーライトが無いこと
の2点でした。
劇場の広さ等はさておき、舞台照明を形成する2大要素である「調光機器」と「灯体」が質的によく似ているということは、2会場で使いまわすプランを立てる上で大きなメリットではありました。
方針決め
方針として最初に考えたのは、「DMX機材をいかに使うか」ということでした。前述のとおり、京都・東京ともに、劇場の調光ユニットはDMX信号には対応しておらず、卓も照明シーンの記憶ができない手動卓です。
しかし、京都で作成した照明をデータの形で保存して東京でも流用したいので、メインの調光卓はPC上で動くDoctorMX を使うこととしました。当時すでに、こちらの記事で紹介しているDoctorMXの使い方を日常的に実践しており、全く抵抗感はありませんでした。また、予算の関係で車は出せないので、東京に持っていく荷物を最小限にできるという点でも、PC卓は有利です。
ひとまず京都公演の方針として、
- メインの卓はDoctorMXとする。
- 調光ユニットは、DP-415やDX-404などの小型機をバトンに吊って使う。
- 劇場備品の旧型卓・ユニットは客電等のごく簡単な用途でサブとして使う。
という3点を決めました。そもそも前述した電気容量削減のためにはLED灯体の使用が必須で、DMX調光卓の導入は免れないので、容量の許す限りは一般灯体もDMXで制御する方が得策ですね。
調光ユニットを持ち込むにあたり、たくさんの純直回路 (=調光器の挟まっていない普通のAC100V電源をこう呼ぶ) が必要となりますが、東京会場が「強電部分の改造」を禁じていることを踏まえ、
- 劇場備品の旧型卓 (RDS製) のPFGスイッチに「LINE」(=直) のボタンがあるので、それを選択した調光回路が純直回路の代用として使えないか試してみる
ことも決めました。
なお、当該のRDS製調光卓は、ディムパックとは違って卓とディマーが分離しており、アナログ信号線で接続されています。
よってこの調光卓の「LINEモード」は、おそらく「フェーダーの100%」と同じ意味であり、純直回路の代用として最も質の悪い電源のはずです(*1)。よって、この環境で持ち込みユニットの稼働に成功すれば、東京でも成功する公算が大きいと判断しました。
また、スタジオヴァリエは筆者自宅から近かったので、万一この試みに失敗しても、すぐに電気工具を持ってきて純直回路を仮設すればよい話でした。
「まあ、京都はとりあえず何とでもなるな!」
こうして、Crossing 2nd の照明プランは、多くのハード的制約を抱えながらスタートしたのです。
基本プラン
今回は出演団体が3団体あり、うち2団体は遠方からの参加で綿密な打ち合わせがしづらいことが予想されました。このため、今回は京都学生演劇祭の照明運営を参考にした「基本プラン+オーダープラン」方式を採用しました。すなわち、最初に照明プランナー側から、各種地明かりや汎用性の高い明かりのみで作った「基本プラン」を示し、それに各団体の特別なオーダーを加えて統合プランとする方式です。
もちろん、それは京都公演に限った話であって、東京公演に向けた修正時にはすでに各団体演目の詳細を把握しているはずなので、より完全なオーダーメイドプランに近づくはずです。
小劇場の場合、客席と舞台の境目をどこにするかは自由であるため、舞台監督からその公演用の舞台・客席図面を受け取ってからでないと始められません。図面に基づいてCaptureを用いてだいたいの照射範囲をシミュレートし、基本プランの灯体位置を決めました。
基本プランは、
- シーリング(#B-2) 下・中・上の3ch 各1灯
- ナナメ(#B-2) 下・上の2ch 各1灯
※ 各1灯しかないので、当たりは完全クロスとなり、SSにも似た効果を有する。 - バック気味のトップ 全体の1ch 2灯
- バックLEDPAR 2灯
- センターサス 1灯
としました。
前述した東京会場の電力問題を考慮し本当に最低限の貧乏プランになった上に、DP-415等の500Wディマーを持ち込むことを考慮し、すべて1chに付き500W×1灯という、これまた貧乏な仕様となりました。
なお、ジャグリングは演者の視線が上空を見やすいパフォーマンスなので、眩しさを防ぐため真上からのトップ地明かりは廃し、またシーリングの仰角も配慮した配置としています。
とは言え、小劇場であるため、ジャグリングのステレオタイプとも言える大道芸的な演出 (ボールを高く投げ上げるなど) は少なそうではありました。
オーダープランと、第一次統合プラン
基本プランと、今回の照明の方針 (貧乏臭いプランになってしまう可能性があることの告知) をLINEグループで各団体に共有しました。
なお、各団体の演出担当者が照明に詳しくない可能性を考慮し「スポットライトは本番中動きません (ピンスポではありません)」と言った類の初歩的な説明もしたのですが、皆さんそれなりに経験があり、すぐに杞憂だと分かりました。
その後は、各団体からキューシートの提出を待ちます。キューシートを団体の演出側が書くのは必ずしもベストではないと思いますが、遠方で打ち合わせがしづらい状況で演出側の要望を吸い上げるには良い方法であり、また主催団体の Juggling Unit ピントクル (以下「ピントクル」) が毎回作成していたことから、ジャグラーにとっては要望を伝えやすい方法かもしれないという思いもありました。
この記述から具体的な照明パターンの候補を作って脳内再生し、さらに脚本とストーリーのあるジャグリング・ユニット・フラトレス (以下「フラトレス」) に関しては脚本も熟読し、実際の照明プランに繋げていきました。
なお、この時点でキューシートに記載のある要望のみを吸い上げた第一次統合図面も作成し、舞台監督と音響プランナーに共有しました。この図面ではどのような明かりを作る予定か最低限示せばよいと考えたので、コンセント番号の指定など現場作業に関わる指示は記載しない状態で共有しました。
この時点でのチャンネル一覧は以下の通りです。
【基本明かり】
- シーリング下手(#B-2) 松村FI-6H×1
- シーリング中(#B-2) 松村FI-6H×1
- シーリング上手(#B-2) 松村FI-6H×1
- シーリング全体青(#77) 丸茂DF×2
- フロントとナナメの中間・下手(#L162) 丸茂DF×1
- フロントとナナメの中間・上手(#L162) 丸茂DF×1
- ナナメ下手(#B-2) 丸茂DF×1
- ナナメ上手(#B-2) 丸茂DF×1
- バックトップ(#79+#BL-1) 丸茂DF×2
- センターサス(#L258) 日照ベビー×1
- バック(#L201)下手 松村AE-BF-6×1
- バック(#L201)中 松村AE-BF-6×1
- バック(#L201)上手 松村AE-BF-6×1
- バックLEDPAR 上下共通 Dotz Par×2 (アドレスは同じ)
※バック#201は本来PAR64で作るのが望ましいが、なるべく劇場にあるものを使い持ち込みを減らしたかったので、フレネルで作ることにした。
【オーダー明かり】
- [ピ]上手・机当てサス(#L258) 日照ベビー×1
- [ピ]上手奥・棚の裏当てサス(#W) 日照ベビー×1
- [フ]下手・姉サス(#258) 日照ベビー×1
- [フ]夕方フロント(#36) 丸茂DF×2
- [フ]より夕方っぽく(#37) 松村FI-6H×1
- [フ]ナナメ(#53) 丸茂DF×2
※「暖色系ではない色で、色味の変化を」との注文。全体的に色味の少ない明かりが多かったので、暖色でも寒色でもない緑色で、濃い目の色を…と思い#53とした。
[ピ]=ピントクル、[フ]=フラトレス がオーダーした明かりであることを示す。もう1団体の [ル]=Room Kids は、この時点で注文聞けず。
ほとんどの回路が500W灯体単独です。これは前述したとおりDP-415の持ち込みを想定したものですが、DX-402Aを1台 (4ch分) だけ持ち込むことを視野に入れていたので、4種類だけ1kWの負荷があります。(シーリング青・バックトップ・[フ]#36・[フ]#53、の4つ)
上記の明かりは全部DMXで操作できる予定なので、当初考えていた劇場備品の旧型卓を併用する意識は薄れてきていました。
“小さいきっかけ”の補完
演出家サイドにキューシートを作ってもらう場合、進行上の大まかなセクション (場面、シーンと言うべきか) ごとに照明を指定してくる場合が多いです。たとえば「第一場:昼の屋外、爽やか」「第二場:夜の室内」といった具合に。
これは照明を考えるうえで当然大きな参考になりますが、これをそのまま本番のキューリストとするのは危険です。実際には、登場人物の動きによって若干の照明変化が義務的に生ずることが多いためです。
ジャグリングではない例ですが、たとえば演劇で高台のある舞台装置の場合、高台を常時照らしておくのは不自然です。そこで、人物が高台に上るときだけさりげなく明かりを追加し、離れたらさりげなく引く、といった気配りが必要で、実質的なきっかけ数は増えます。こうしたきっかけを筆者は「小さいきっかけ」と呼んでいます。
演出家は通常、小さいきっかけまで指定して来ないので、稽古を見て照明プランナーが補完する必要があります。
今回はジャグリングであるため、演劇のようなタイプの小きっかけは無かったのですが、それでもいくつかは考える必要がありました。
ピントクルに関しては京都で稽古を行っており、稽古見学も何度か行けたので、小きっかけも含めた完全なプランを決めることができました。(……と言うより、提出されたキューシートがほぼ完全で、小きっかけの追加はほぼ無いことが分かりました)
他の2団体については、通し稽古の動画を送ってもらい、現場で修正すれば間に合うかな、というレベルまできっかけを考えておきました。
最終統合プラン
各団体からの修正点 (照明に対する直接修正ではなく、このシーンの演出がこう変わったので照明も対応してほしいという類) を吸い上げ、照明の最終統合プランを作成しました。
第一次統合プランからの変更点は以下の通りでした。
- 劇場備品の旧型卓を併用する方針とし、#20・#58・#86 のシーリングとフォロースポット (ピンスポの代用) を追加し、旧型卓で操作することにしました。
これは東京でのオペが二人体制になることが予想されたため、京都でも二人体制とし、第2オペレーターのNさんにきっかけを覚えてもらおうという意図もありました。(結果、演出上イマイチな明かりも採用してしまいました。実際、#20のシーリングは不要であることが後に判明しています) - [フ]のナナメ#53は、上記#58のシーリングと色味がかぶるので、「全体をカントリー調の雰囲気にしたい」という要望を取り入れ、#45に変更。
- [ピ]の棚裏サスは演出の変更により廃止。「代わりに下手当てのSSが欲しい」との要望でしたが、スタンドに立てる“本物のSS”は劇場の広さを考えると不可能なので、角度の浅いナナメとしました。
- [ル]のオーダー明かりを追加。
- 上手と下手の区切りが必要な演目が多かったので、LED PARは上下でアドレスを分けることにしました。
- その他、単サス用灯体の位置を若干修正。
また、この図面では仕込み作業に向けて、コンセント番号の指定も記入しました。
六角形の数字は劇場の照明用コンセントに刺す旨を、五角形の数字はバトンに吊った小型調光ユニットに刺す旨を示しています。
ここまでのまとめ
記事は続きますが、ここで一区切りとします。タイトルの通り、ハード面 (劇場設備や機材運用) とソフト面 (演目に合わせた演出内容) を同時並行で考えている様子がお分かりいただけるでしょうか。
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