前々回、前回の記事で、とある公演 (京都―東京の2都市公演) における照明プランナーの思考回路を記述してきました。今回は最終章にあたる「東京編」です。プランの本質は変えずに別の会場向けにチューニングする過程と、現場でのトラブル対応にご注目ください。
あらためて、会場環境把握
さて、京都公演の終演から東京公演までは1週間未満しかありません。しかも公演前日の金曜日に劇場入りという過密スケジュールです。
通常、筆者が相手にしているようなアマチュアの照明界では、このような過密さはなかなか経験しません。すなわち、プランの考え始めから劇場入りまでが短い場合は現場に入ってから判断する要素が多く (それくらいふわっとした照明オーダーであることが多いとも言う)、逆に劇場入り後のスケジュールが過密である場合は、事前に考える時間が比較的多く取れることが多いと思います。
今回はそれらが両方過密であるというハードなスケジュール。
京都で公演を成立させている以上、何でもかんでも劇場入りしてから決めましょうと言うわけにはいきません。しかも、音響と舞台監督は京都とは別の人になるため、音響のきっかけ合わせなどを改めてすることが予想されます。尚更、照明が足を引っ張るわけにはいきませんね。
実は、京都公演の直前に、東京会場の中野テルプシコールさんにメールでご挨拶し、同時にバトン図を請求していました。
送られてきたバトン図は、古き良き手描き図面をスキャンしたものでした。(この辺りも、京都会場のスタジオヴァリエと似ていました。もっともヴァリエは筆者が勝手にCAD図面を作ってしまったのですが……)
また、出演者の知り合いのジャグラーに中野テルプシコールで照明をしたことがある人がいるらしく、その人 (Yさん) の連絡先を聞いてあれこれ質問していました。その結果、
- 灯体は非常に古いが、点灯するように整備はしている
- 灯体は、(筆者の予想通り) 複数の機種が混在している
- A1~12の回路は、SSや転がし向けの回路(と言っても位置はそれほど低くない)
- 照明用単相三線の片相だけ電圧が不安定になることがある(原因不明)
という情報を得ました。4番目の電圧の件は若干不安ですが、もしそのような事態になったらどうしようもないので、祈るだけで具体的な対策はしないことに決めました。
更に、東京の舞台監督さんが会場の下見に行ってくれたので、灯体の写真も撮ってきてもらいました。確かに複数機種が混在しているらしく、機材マニアの筆者ですら知らない灯体が垣間見えました。
さて、バトン図兼回路図を見たところ、照明の回路は使いやすい位置にありそうだということが分かりました。しかもフロア回路 (A1~A12) を除いても32回路と豊富です。しかもYさんから頂いた写真で、調光ブースの手が届く位置に本格的な強電パッチ盤 (T型) が整備されていることも分かりました。
よって、京都会場のようにバトンに持ち込みユニットを吊るのではなく、パッチ盤のところに持ち込みユニットを置いた方が得策だろうと思いました (その方がDMXケーブルの持ち込み量も少なくて済みますし) 。
方針決め
京都の時と違って、各団体演目の把握や照明要望の吸い上げは基本的に完了していますので、今度の「方針決め」は、ハード面 (機材の選定など) とソフト面 (京都公演をしてみて新たに出てきた照明要望の反映) を同時並行で行う作業になります。
まず、ハード面ですが、京都編でも述べたように、全部を持ち込みのDMX調光ユニットで制御することを諦め、劇場の卓 (ディムパック) と本格的に併用することにしました。持ち込みの調光ユニットは、DX-402A×1台、DX-404×1台の計8ch分に留めました。ディムパックには純直回路が2回路 (直A、直B) あるので、
- 直A…DX-402Aの①②、DX-404
- 直B…DX-402Aの③④、LED PAR
としました。直回路はそれぞれ20Aのため、直A回路についてはフル点灯すれば明らかに容量オーバーですが、「全部をフル点灯することは無いし大丈夫だろう」と楽観視していました。(なお、京都編で述べたように、電気工事をして直回路を仮設することは中野テルプシコールでは禁止されています)
持ち込みの調光ユニットでどの灯体を制御するかについては、ソフト面に関わるため後述します (実際には同時並行で思考しています)。
これにより、東京での持ち込み機材は、
- 京都に比べて調光ユニットが5台→2台に減ったこと、
- DMXケーブルの本数も「3m×1本、5m×2本、10m×1本」に確定できたこと、
- 平行♂―T♀が20本→8本に減ったこと、
- 捨て球が無くなったこと、
などにより、(東京滞在中の着替えや歯ブラシ等も含めて) キャリーケースと手提げ袋に入る大きさにまで減らすことができました。 調光ユニット2台は第2オペレーターのNさんに持ってもらい、筆者はその他の機材を運んで東京へ行くことにしました。(もちろん、無理に機材を減らさなくても宅配便で機材を劇場宛に送ればよいのですが、仕込み前日の劇場入りであることを考えると、万が一にも遅配等があるとまずいので、できるだけ手運びで持って行きたかったのもあります)
ソフト面については、京都公演であまり使わなかった明かりを廃し、逆に「あったら良かったな」と思う明かりを追加するという手順を踏みました。
あまり使わなかった明かりの選定には、DoctorMXのデータを参照しました。DoctorMXのコンソール機能は、シーンデータを USITT ASCII 規格や日本版の JASCII 規格に変換できます。これらの規格はただのテキストファイルで照明データを記述することになっているので、Windowsの「メモ帳」で読み込むことができます。
「CHAN 11@53」とは、「チャンネル11を53%で点灯」の意味です。つまり、メモ帳の検索機能で「11@」という文字列を検索すれば、公演中にチャンネル11番が何回点灯しているか分かります (@0、つまり点灯しない場合は何も書かれません) 。
しかし、点灯頻度が低い明かりを廃止するというわけではありません。たとえば1度しか点灯しない明かりは、逆に何か重要な目的のために作られている明かりが多いからです。
こうしたことも踏まえ、総合的な判断で取捨選択をしました。その結果、東京で削る明かりの選別は、以下のようになりました。
- ナナメ#45→廃止。(汎用性を狙った明かりなのに、使用頻度が少なかった)
- シーリング#86→廃止。(ブルー暗転程度しか使わず、#77で代用できるため)
- [フ]#36、[フ]#37→1種類に統合(#38)。(フラトレス所望の雰囲気を出すには、1種類のゲージ調整のみで対応できると考えたため)
一方、京都に無くて東京で新たに追加する明かりや、変更した明かりは以下のようになりました。
- ナナメ(#B-2):ツラ上下、奥上下の計4種類に増加。
- コロガシ(#W):新たに追加。
- シーリング(#59):京都ではフラトレスの演目に特に効果的だったので、フラトレス専用明かりに変更。色も#57に変更。
- センターサス:京都ではフラトレスの演目でしか使わなかったので、フラトレス専用明かりに変更。
ナナメを増加したのは、上手と下手を綺麗に照らし分ける需要が思いのほか多かったこと (灯体数を多くすれば、より緻密なシュートが可能になります)、京都で「もっと奥に当たる明かりが欲しい」という要望があったこと、東京会場は背景がコンクリート壁のため照明が背景に当たっても格好悪くならない (むしろカッコイイ) ことを考慮した結果です。
コロガシは新たに追加されていますが、これは演者を照らすと言うよりも、上空の空間を照らすためのものです。京都公演では ボールを高く投げ上げる場面があり、ある演者いわく「ボールが上空で消えたように感じた」といいます。これは上空を照らす明かりが無かったことが原因なので、対策が必要でした。
最後に、ハード面のところでも触れたように、これらの明かりのうちどれを持ち込みのDMX調光ユニットで制御し、どれを劇場の手動卓で操作するかの選択が必要です。
これは、以下の基準で決めました。
- 客電は手動卓。(当然ながら)
- ある団体専用で汎用性が無く、かつ1~2回しか使わないものは手動卓。
- 少し明るさが違うだけで混色具合や全体の雰囲気作りに大きく影響し、5%単位での制御が必要になるもの (つまり、明るさを記憶させておきたいもの) はDMX制御。
この基準をもってしても迷う部分はあったのですが、最終的に割り振りは以下のようになりました。
ナナメが4種類に増えた影響で、DMX8ch + 手動卓15ch でも若干足りなくなってしまいましたが、演目間に5分以上の転換休憩が挟まるため、団体専用の明かりの一部は強電パッチの差し替えで対応することにしました。
差し込むコンセント番号も指定しましたが、灯体配置のバランスが良かったのか、あまり遠くのコンセントから引き回してくる必要は無さそうで一安心です。
全手動操作に向けたキューシート作り
さて、図面類が書き終わったら、キューシート作りです。何度も述べている通り、東京ではDoctorMXの制御と劇場備品の全手動卓を同時操作する必要があります。
照明変化のきっかけ自体は京都と同じですが、手動卓側は手動操作に特化したフォーマットで印刷したキューシートが必要になります。
京都では、ほぼすべての照明データがDoctorMXに記憶されているため、本番中にすることは「クロスフェーダーを返す (下から上に操作する)」ことを繰り返すのみでした。このため、キューシートにはシーン名と、簡単な明かりの内容、変化の仕方 (フェードで変わるのかカットで変わるのか) が記述してあれば十分です。
しかし全手動操作の場合、本番中に複数のフェーダーを操作して、所望の “盤面状態” を作らなければなりません。このためキューシートには、どのフェーダーがどこまで上がっているのか、毎シーンいちいち、15ch分について記述されていなければなりません。
このため、キューシートは次のようになります。
数字の前に「↑↓」の記号を付けているのは、前のシーンからの差分 (フェーダーの動き) を分かりやすくするためであり、牛丸光生『やさしい舞台照明入門 PART1』という書籍を参考にした記述方法です。
ところで、本番中はオペブースを薄暗くするため、視野が極端に狭くなります。
▲視野が狭いイメージ
よって、できれば紙面の横幅を狭くした方が視線移動が少なくなって読みやすいのですが、チャンネル数が増えれば横に伸びていくのは必然で、難しいところです。今回はExcelの表機能を使って行ごとに2色で塗り分けることで、可能な限り視認性を確保しました。
また、こうした全手動卓、または2段・3段プリセットの卓の場合、1%単位での細かい明るさ指定は無意味であるため、明るさの指定は「0・30・50・70・100」の5段階を原則とし、中間の数字も最低限に留めました。
なお、脚本のある演目 (演劇など) の場合、場当たり時に演出家が台本のページを言ってくることが多いので、キューシートに書いた内容は台本上に転記する方が望ましいと思います。むしろ、書き込んだ台本自体がキューシートという場合もよくあります。
今回の公演では、フラトレスのみが脚本のある演目だったので、フラトレスについては本番中台本を見ながらオペすることとし、その他はキューシートを見ながら操作することとしました。
仕込みの様子
東京へは仕込み前日の8月25日木曜日には到着しており、知人のツテで宿も確保してあったため、比較的のんびりできました。
仕込み当日は、東京の通勤ラッシュに驚愕しながら中野駅に到着しました。高校時代の後輩 (当時東大生) のSさんに照明増員をお願いしていたので、駅で合流しました。
仕込みはそれなりに順調でした。予想通り、灯体は複数の機種が混在している状態でしたが、照射範囲が狭めの松村FI-6Gが2発あったため、これをシーリング(#B-2)の下手・上手に使用。残るセンターのシーリングは、丸茂DFとしました。
また、比較的新しいロットの丸茂DFがカミシモ6発ずつ、丸茂T1がカミシモ2発ずつ、吊ったまま保管してありました。(公共ホールや大劇場の「常吊り」とは異なり、保管する目的でのみ吊ってあるものです。収納スペースが少ない小劇場ではよくあることです) 。
そこで、ナナメ(#B-2)・フロントサイド(#L162)・[ピ]#053+PU-4 は、この保管位置の近くに吊る予定だったので、少し当初の予定位置からはズレますが、保管位置のままで使うことにしました。これは撤収時に元の位置に戻してほしいとのことだったので、その時間短縮のためでもあります。
コロガシ用の灯体はどの機種にするか迷いましたが、朝日バグナルの236型という非常に古そうな、見たことのない機種を使ってみることにしました。これは吊り保管のDFを降ろしてくるのが面倒だったことと、知的好奇心で未知の機種を使ってみたかったことによります。
凸は丸茂T1・朝日バグナル231型(4.5インチ)・朝日バグナルGC-6 (6インチ) がありましたが、丸茂T1だけで必要数足りました。ほとんど単サスなので個体間のバラツキは気にしなくてよいのですが、シーリング#57だけは2発コンモなので、同じ製造年代っぽいもので揃えました (T1はロングセラーなので、製造年代によってレンズ性能が異なる場合があるためです) 。
その他、ピントクルが使用する天吊りプロジェクターの位置も、打ち合わせ不十分でしたが照明と干渉せず設置できました。(打ち合わせておくべきですが)
シュート (フォーカス) はおおむね順調に行きましたが、各団体の演出家を急に呼んで「あのシーンの誰々の位置、サスで狙うのですみませんが今決めてもらえますか」というくだりが4回ほど発生し、若干長い時間がかかりました。これは予測できたことで、事前にLINEグループで周知しておくべき事項でした。
場当たり中のトラブル
時間の都合上、照明のみで行う絵作りは省略されており、シュート後は各団体の場当たりに入るスケジュールでした。実際の上演順の通り、Room Kids → フラトレス → ピントクル の順で行われました。
Room Kids は問題ありませんでしたが、次のフラトレスの場当たり中にトラブルが発生しました。明るめの全体地明かりで進行する長いシーンの最中に、ディムパック (劇場の全手動卓) の「直A」回路のブレーカーが落ちたのです。
このシーンでは直A回路にぶら下がっている、DX-402Aの①②ch・DX-404 に差した明かりをかなり多く点灯していました。この記事の最初の方で「『全部をフル点灯することは無いし大丈夫だろう』と楽観視していました。」と書いたが、楽観視していてはいけなかったのです。完全にミスであり、インシデントです。
ひとまず、このシーンはほとんどDoctorMXで制御される明かりで作られており、京都のデータをそのまま再生してしまったことが一因なので、一旦最低限の明るさまで絞り、場当たりは続行。ゲネが終了した後、問題に取り掛かりました。
思い出してみると、当該のシーンになった途端にブレーカーが落ちたのではなく、5分程度は点灯していました。つまり、極端に過負荷なわけではなく、許容電流20Aに対してこのシーンで流れている電流は22~23A程度だろうと予測されます。
そして、点灯しているチャンネルを精査すると、直A回路の負荷に偏った点灯状況になっており、直B回路にぶら下がっているDX-402A③④に差した灯体は、点灯していなかったのです。
よって、DX-402Aの①②を直Bに差し替え、逆に③④を直Aにすれば、バランスが取れて解決しそうです。
実際にそのようにして点灯したところ、今度は20分以上点灯することができ、電線の異常発熱も無かったため、これを恒久対策としました。
念のため、ほかのシーンのデータも調べてみましたが、ブレーカーが落ちたシーンは全演目の中でもデータ上最も明るくなっており、ここを解決すればほかのシーンは問題なさそうでした。また、この変更によりほかのシーンで負荷バランスが偏ることが無いか調べましたが、これも問題なさそうでした。
こうして、開演準備が整ったのであります。色々あった…
本番時の様子
本番の映像は無いですが、ゲネプロ時にオペブースの様子を撮影したタイムラプス動画があるので、雰囲気だけでもご覧ください。
反省点としてはここまでに述べられている通りですが、ほかにMIDIコントローラーのUSB接続不具合が数回発生したことも書きとどめておきます。差し直したりDoctorMXを再起動したりすることによってすぐに復帰し、幸い本番には影響ありませんでしたが、DoctorMX用物理フェーダーは、MIDIコントローラーよりも SDC-12 のような小型調光卓を使った方がいいのかもしれません。 また、nanoKontrolはフェーダーストロークが短く、繊細なフェード感を得るのに苦労しました。
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