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「ピンスポ」という用語の混乱について

照明スタッフさんには「ピンスポ」って言っておけば何となく通じているけど、その呼び方でいいんだっけ?と思ったことはないでしょうか。
一方、照明スタッフさんは、初心者が何でもかんでもピンスポと言うので「違うんだけどなあ」と思いながら、意図を汲んでサスで照らしてあげた経験はないでしょうか。

 

こうしたすれ違いの正体を考察したいと思います。

 

目次

ピンスポとは「イメージに対する用語」かもしれない

「ピンスポ」って言って、一般の方がイメージするのはどのような照明でしょうか。おそらく、

  • 特定の役者を鮮明に照らし出し、
  • 役者が移動すれば光も追従して動かす (追いかける)

という特徴を持った照明をイメージすると思います。

 

ピンスポのイメージ

 

あるいは、2番目の特徴 (役者に追従して動かす) はどちらでもいい。動いても動かなくてもピンスポでしょ。と思われているのかもしれません。
ということで、一般に (照明の専門家でない人に) 言われる「ピンスポ」というのは、照明のイメージに付けられた名前という可能性があります。

 

照明の状態と言うのは、視覚媒体 (映像・絵・マンガ) で表現できても言葉で表現するのは困難です。しかしスタッフとの打合せの場では言葉で説明しなくてはいけません。それで自分の知っている “あの照明状態” をどうにか言葉で表そうとして、つい「ピンスポ」と言ってしまうのかもしれません。

 

そして、ここに専門用語としての「ピンスポ」との食い違いがあります。

 

ピンスポとは「灯体の種類の名前」である

舞台照明の専門用語としての「ピンスポ」は、明確にある灯体の種類を指し示す用語です。

 

どのような灯体かというと、典型的には下の写真のような灯体です。
pinspot_2008sre_small
(▲ウシオライティング XPS-2008SR/e カタログ写真)

 

より厳密に灯体の分類に従えば、「プロファイルスポットライト」という種類の灯体の中の、フォローという技法に特化したスポットライトを「ピンスポ」と呼びます。

 

で、この定義に出てくる「フォロー」というのが、冒頭で紹介した

  • 特定の役者を鮮明に照らし出し、
  • 役者が移動すれば光も追従して動かす (追いかける)

という技法 (照らし方) の名前になります。

 

もう一度整理すると、

  • ピンスポというのはスポットライトの種類の名前
  • 技法 (照らし方) の名前としてはフォロー

ということです。もっと言えばプロの人はピンスポとも言わず、単に「ピン」とだけ呼びますが、ここでは瑣末なことなので無視します。

 

…なんだか食い違いの正体が分かってきましたね。
照明の専門家でない人は、技法 (照らし方) の名前として「ピンスポ」という用語を使っているのではないでしょうか。

 

表にまとめるとこうなります。

 

非専門家 専門家
灯体の種類の名前 ― (専門家ではないので分からない) ピンスポ
技法 (照らし方) の名前 ピンスポ フォロー

…と言っておきながら、ピンスポの製造メーカーは正式名称として「フォロースポットライト」という言い方もしていて、当然フォロー(技法)のためのスポットライト(灯体)なのだから正しい言い方ではあるのですが、混乱を招く一因になっています。

 

また、照明家は照明家で、言語学的に用例を採取すれば、技法として“ピン”と言っているような場合もありますし、ここの「フォロー」の意味とは関係なく、暗い所に明かりを補う程度の意味で「フォロー」と言ってみたりと、定義のはっきりしない文脈依存の発話で現場を回してしまっている節はあると思います。

 

いずれにせよ、このようにすれ違いを可視化した上で、せめて打合せの場では用語・定義の統一を図るなど、お互いがこうした機微に配慮することで、些細なすれ違いやイライラを防ぐことができるのかもしれません。

 

 

動かないピンスポ?

スポット的に狭い範囲を照らす照明技法 (当て方) のうち、フォローを行わないもの、つまり役者が動いても手動で追いかけずに固定の当たり範囲になっているもののことは、どのように呼べばよいのでしょうか。
 

答えとしては、照射位置により2種類の名前で呼ばれます。
 

まずサスバトン、あるいは演技面のほぼ真上から照らす場合。これは単サスと呼ばれます。「単独のサスペンションスポット」の略です。
 

次にシーリング、あるいは役者の顔に正対する位置から照らす場合。これはネライなどと呼ばれます。上からの明かりだけでは顔が陰になってしまうので、単サスに対応するネライ明かりは何も言われなくても通常用意します。
 

これらは灯体の種類としてはピンスポではなく、「平凸レンズスポットライト」という種類が通常使われます。
 

また、特別な場合として、ピンスポを使うけど照射位置を固定して使う場合というのもあります。これは「置きピン」などと呼ばれます。ただしこの技法はそもそも通常のピンフォローを必要としている演目で、司会等の都合で数分間同じ場所を照らすといった場合のみ発生します。
「置きピン」をするためだけにピンスポットオペレーターを用意することはありません。
 


一応用語を解説しましたが、演出家や企画主催者は、こうした専門用語を打合せの場でわざわざ言う必要はありません。簡単な舞台図で「この位置に1人分のスポット的な明かりをください」とでも言えば十分通じます。
こだわりがある場合は、用語の齟齬が起きないように絵や写真で説明することをおすすめします。前回公演の動画がある場合は、動画からその照明の静止画を切り出して見せるとイメージが付きやすいです。

 

「これ」問題

こうしたことは、ピンスポに限らず他の照明用語でも起きていると思います。

 

そこで照明スタッフの皆さんへの提言ですが、
初心者向けの講習会等で、灯体を指さしながら「これは○○です」と説明することがあると思います。その時に、それが灯体の名前なのか、照らし方の名前なのか、はたまた両方を指すのか、明確にするように心がけませんか?

 


私はこれを舞台照明用語の「『これ』問題」と名付けているのですが、何でも「指さし+これは○○です」で片づけてしまうと、聞いた人はその場では納得した気になっても、後から間違えて応用してしまうことがあります。

 

【例】
koremondai_1
koremondai_2

 

このようなことになっては、悲しいですね。

 

もし講習会の場で、「ここはシーリング投光室、部屋の名前です。ここから投光される、役者さんの正面から顔を照らす光のことをシーリングライトと言います。灯体の種類は、凸レンズのスポットライトを使います (凸レンズの灯体は他の場所でも使います)。」といった説明ができれば、こうした誤解はある程度防ぐことができるでしょう。

 

仕事のスキルと教えるスキルは別物なので、プロの照明スタッフが誰でもこうした教え方ができなければならない!とまでは言いませんが、理想形としてはこのようであってほしいと思います。

 

ピンスポ以外でフォローすることってあるの?

最後に少し余談です。

 

話が戻って、ピンスポ=灯体の名前フォロー=技法(照らし方)の名前、と説明しましたが、ピンスポはフォロー専用の灯体のはずです。ピンスポ以外でフォローすることってあるのでしょうか?

 

あります。

 

たとえば、一般的な平凸レンズスポットを手動操作して役者を追いかける場合。

 

8インチの灯体が使われることが多いので、「C8 (シーハチ) フォロー」とか呼ばれます。
ピンスポよりも近距離でソフトな照らし方をしたい場合に用いられるほか、学校設備ではピンスポの代用として平凸レンズスポットが納入されていることが多いので、体育館のバルコニーからC8フォローをした経験のある人も多いのではないでしょうか。
PC_with_colorwheel

▲学校設備にありがちなスタンド付き平凸レンズスポット

 


それから、フェーダー操作によるフォローというのも考えられます。
すなわち、地明かりやシーリングの照射エリアを上手・中・下手と分割しておいて、アクティングエリアの移動に合わせて次々にクロスフェードしていく方法です。

 

灯体を直接操作 (首振り) するわけではありませんが、これもフォローの一種と言えるでしょう。

古い言い方で、オートフォローとも言います。オートトランス調光器が主流だったころの名残です。

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この記事を書いた人

高校演劇~大学の学生劇団で照明を経験し、現在は会社員の傍らアマチュアで舞台照明を継続。第39回日本照明家協会賞舞台部門新人賞。非劇場空間の劇場化、舞台照明の歴史が得意。

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