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コレクティブな照明とセレクティブな照明、という考え方の紹介

舞台照明のプランニング過程(流儀)を分類するときに、大きくは「コレクティブ型」と「セレクティブ型」に分けることができる、という考え方があります。これ自体は筆者の用語ではなく、舞台照明家の岩城保氏が自著で述べているものですが、アマチュア舞台照明においても有用な概念なので、当ブログでも紹介したいと思います。

目次

定義

まず、コレクティブ型/セレクティブ型という分類は、舞台照明のプランを行う際の方法論(型/メソッド/流儀)の1つです。

その定義は、岩城保 (2022)『新・舞台照明講座 光についての理解と考察』p.60-61 において、以下のように記述されています。

コレクティブ:各シーンで必要となる光を割り出し、それらを足し合わせたものが全体の照明になるという方法論

セレクティブ:さまざまなシーンに対応できそうな光を事前に数多く用意し、そこからの選択によって各シーンの照明を作るという方法論

原著では「~型」という呼び方はしていませんが、本記事では方法論=の一種であることを明確にするため、あえて「コレクティブ」という書き方をしています。

元の英単語に立ち戻ると、selective は「選択的」、collective は「収集的」といったような意味合いです。収集的というのは少し分かりづらい言い方ですが、collective はコレクション(収集)、コレクター(収集家) などの単語と同源です。必要なものを拾い集めて1ヶ所にまとめる、といったような意味合いになります。

例示

ここからは岩城氏の定義に対する、筆者自身の解釈になります。

どのような照明がコレクティブ、セレクティブと言えるのでしょうか?

たとえば、劇場ではない仮設の空間にゼロから照明を立ち上げる場合はコレクティブ性が強いと言えますし、公共ホールの「常仕込み」に見られるような、全体明かりと汎用的なスポット明かり (講演会用の演台当て、センターサス等) をいくつか用意しておくといった手法はセレクティブ性が強いと言えるでしょう。

また空間の種類に関係なく、たとえば演劇の場合ですが、演出家と打ち合わせをしながらオーダーメイドで照明を作っていく場合はコレクティブ性が高く、演劇祭などに見られる「運営側で一通り用意した明かりの組み合わせで上演してください」といった方針はセレクティブ性が高いと言えます。

この意味で、コレクティブ型は、「オーダーメイド型」とか、「アディティブ型」(additive = 足し算) という言い方もできると思います。また、後者のセレクティブ型については、岩城氏は「発表会型」と過去に呼んでいたようです[ツイート]

注意するべきことは、コレクティブ型/セレクティブ型というのはあくまで「照明プランの方法論」もしくは「思考過程の方法論」であって、実際に観客に見えてくる明かりは結果として同じものになる可能性があるし、どちらが優れているという性質のものではないということです。

なぜなら、最終的に観客に見せる明かりは、それぞれの灯体の「明るさ/光質(配光特性)/広さ/方向性/色」といった物理現象の集合体にすぎないからです。その明かりがシーンに対して的外れでなければ、そのプラン過程はどうであれ、演目としては成立していると言えるでしょう。

考察

以下に、いくつかの事例を挙げながら、コレクティブ/セレクティブについての筆者なりの解釈を示したいと思います。

  • アマチュアの中でも、「常仕込み」が存在する環境に慣れた人は一定数います。たとえば、普段は学校内の講堂設備を使っていて、そこに常設で吊ってある灯体をベースにプランニングをしている場合など。このような人が初めて常仕込みの無い空間 (小劇場/非劇場空間) でプランニングをする時に、まず「普段のホールには地明かりが10台横並びに吊ってあるから、それを真似して10台吊ろう」のように考えることがあります。それが演目に必要な明かりかどうかはさておき
    このような方法は、完全なオーダーメイド照明=コレクティブ型に慣れていないために、まず土台として知っているホールの常仕込みを再現し、自分が慣れたセレクティブ型の状態に持っていく作業をしているのだと考えられます。

  • 演劇祭のような、多数の団体が乗り入れる公演があったとして、そこに参加団体側の照明として関わる場合を考えてみましょう。
    多くの場合は、基本的な明かり (全体の地明かり、全体の前明かり、いくつかの単サス) は運営側によってシュートまで決まった状態で用意されていて、その組み合わせで明かりを作ることになります。この場合、セレクティブ型の思考を要求されます。
    一方で、大会によっては1団体につき3種類まで専用の明かりを仕込んでもらえる、といったルールになっていることもあります。この場合は、そのスペシャル明かりの部分のみコレクティブ型であると言えます。
    このように、多数の団体が乗り入れる公演では、ベースはセレクティブ (有りもの) で処理し、特定のシーンのみコレクティブ (特注) で作るという、ハイブリッドな思考回路が要求されることもしばしばあります。時には優先順位を付けて、「○○のシーンは特にこだわりがなければ、有りもののサスで処理してよいか?」といった対話を演出家と行う必要もあるでしょう。

     

  • 機材や照明ノウハウが整っていない演劇部/学生劇団によくある事ですが、教室などの仮設環境で照明をする時に「毎回お決まりの位置にフットライトやスポットライトを置く」という方法を取ることがあります。これも、コレクティブ型の照明に慣れていないか、機材のリソース上困難なので、セレクティブ型に持ち込んでいる例と言えます。そう考えると、コレクティブな照明を行うには機材をある程度潤沢に用意する必要がある、とも言えるでしょう。シーンごとに必要な明かりをすべて解析し、足し合わせるわけですから、ある意味当然ではありますね。
    この例の場合、最低限「見える」(真っ暗にならない) 状況を確保するので精一杯であるため、コレクティブ領域に到達できないと考えることができます。

     

  • この例を出すと「セレクティブ型=妥協的、仕方なく有りもので作る」という印象を与えかねませんが、そういうことではありません。対応できる機材リソースの範囲が、セレクティブ型の方が広いということだと思います。先に明かりの要素があって、後からカッコイイ使い道を引き出すのがセレクティブ型の特徴と考えられるので、理論上は1台のスポットライトしか無くても、セレクティブ型なら成立しています (引き出せる使い道が狭いですが)。

     

  • 上記と似たような例ですが、コレクティブな照明を志向していても、機材や設備の都合で完全な形にはできないことがあります。
    たとえば、シーンごとに必要な照明をすべて洗い出した結果、70ch分必要だったとします。しかし今回の会場は小劇場であり、回路は48ch分しか無いし、灯体も少ない。
    このような場合は、よく似た明かり同士を統合する作業を行うことがあります。「理想的にはAの単サスとBの単サスは別々が良いが、当たり位置が30cmしか離れていないので1台で兼用する」といった具合です。混色の明かりを用意すると灯体が増えやすいので、「本当はCLもTOPも #W とブルーの混色にしたいが、ブルーはCL-TOPの中間位置に配置し兼用とする」といった形での統合も考えられます。
    前項で「コレクティブな照明を行うには機材を潤沢に用意する必要がある」と述べましたが、それほど潤沢ではない環境でも、こうした統合作業を前提とすることで、コレクティブ志向で照明設計を行うことが可能です。

     

  • 演劇系の照明さんはコレクティブ型が多く、ライブコンサートやダンス系の照明さんはセレクティブ型が多い、という感触を持っているプロの人もいるようです。業界が異なるため、創作プロセスや観客への見せ方をめぐる流儀の違いが背景にあると思われます。

このように例をいくつか挙げてみましたが、どの例も100%完全なコレクティブ型/セレクティブ型は存在しないことを示す例だと思います。

照明の思考過程において、コレクティブ性が強い/セレクティブ性が強い、という言い方はできますが、100%ではなく、多かれ少なかれ両方を組み合わせて設計されていると言えるでしょう。(このことは、出典とした『新・舞台照明講座』p.61の最後にも言及されています)

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この記事を書いた人

高校演劇~大学の学生劇団で照明を経験し、現在は会社員の傍らアマチュアで舞台照明を継続。第39回日本照明家協会賞舞台部門新人賞。非劇場空間の劇場化、舞台照明の歴史が得意。

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