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オートトランス式調光器の操作方法

オートトランス (単巻変圧器) 方式の調光ユニットは、1930年代~1960年代前半に主流だった旧世代の調光方式で、現在はほとんど絶滅しています。

 

調光の原理や現代のサイリスタ方式の調光器との違いは、各種文献を読めば理解できますが、オペの様子はほとんど記録に残っていません。
しかし、わずかな文献や「かつて使用したことがある」という方からの情報により、当時のオペの操作感をある程度復元することは可能です。逆に今記録に残しておかないと後代のアーカイブはますます難しくなるため、ここでは操作方法にフォーカスした記事を書きたいと思います。

目次

操作の様子

早速ですが、実際に操作している動画をご覧ください。

 

(YouTube)

 

これは埼玉県川越市にある松村電機製作所さんの工場に保存されているもので、1970年製ということで普及型のオートトランスとしては最終形になります。展示用で一部未整備のため、少し動作がおかしい部分がありますが、オペの雰囲気はご理解いただけると思います。

 

この動画で操作しているのは、現代で言う調光卓にあたる操作盤です。「卓」というには少し大きすぎるので、この記事では操作盤と呼ぶことにします。

 

操作盤がオートトランスの本体なのではなく、本体 (調光ユニット) は離れた場所に設置されています。操作盤からワイヤーと滑車を介してオートトランス本体の電極を引っ張ることで、調光を行います。
autotrans_01

この関係は、現代で言う調光卓調光ユニットの関係性に相当します。
autotrans_02

 

オートトランスのスペック表記

autotrans_03

 

この写真のオートトランスのスペックを表すときは、「9本4段」と表現します。中央の縦方向に動かすハンドルが現代のチャンネルフェーダーに相当しますが、これが横に9本、縦に4段分あるという意味です。

 

注意すべきは、ここで言う「段」は、3段プリセット卓の「段」とは全く異なる意味だということです。オートトランスで言う「段」はフェーダーのグルーピングを示す概念であり、同じチャンネルの複製ではありません。つまり、現代的な言い方をすれば、上の写真は 9×4=36ch の調光卓であり、9ch4段プリセットの卓ではないということです。

 

現代の市民会館は一般的に60~100ch程度のディマー数を持つため、今の感覚からすると36chというのはだいぶ少ないですね。上の写真は木更津市民会館 (千葉県) に納入されていた個体とのことですが、比較的最近まで残っていたオートトランスの例で言うと

  • 8本3段 (24ch) …尾道市公会堂 (広島県) ほか
  • 12本1段 (12ch) …茂原市民会館 (千葉県)

というのもあったようです。うーん、少ないですね~。

操作方法の詳細

ここからは操作盤の各機能にフォーカスしていきます。
操作盤の各部分の名称については、メーカー等の公式資料が見つからないので、仮に下の写真のように名付けます。
autotrans_meishou

それぞれの機能を見ていきましょう。

  • ①チャンネルフェーダー
    現代の調光卓のチャンネルフェーダーと同じ、操作の最小単位です。強電パッチによって選択された回路/灯体に対応しています。

     

  • ②グランドマスターハンドル(GM)
    基本的には、このハンドルを回すと全てのチャンネルフェーダーが一斉に連動して動きます。機械的な歯車とクラッチによる機構なので、本当にチャンネルフェーダーが上下に動きます。時計回りに動かすと上昇、反時計回りに動かすと下降します。オートトランスの操作盤は大型で、個別のチャンネルフェーダーを1本ずつ動かすのは困難なので、シーンの進行は基本的にGMハンドルを回して進めることになります。

     

  • ③上限ストッパー
    GMハンドルを右に回し続けると最終的には全チャンネルが100まで到達しますが、特定のチャンネルだけ上限を設定したい場合、ストッパーを掛けておきます。例えば上限を70に設定したチャンネルは、GMハンドルをいくら回しても、70のところでクラッチが滑り、それ以上進まないようになります。

     

  • ④下限ストッパー
    ③と同じく、こちらは下限を設定するものです。これらのストッパーをうまく利用することで、次のシーンまではプリセットしておくことができます

     

  • ⑤チャンネル連動レバー
    通常は横向きになっていますが、これを捻って縦向きにすると、そのチャンネルはGMハンドルから解放され、連動しなくなります

     

  • ⑥GM連動/逆転レバー
    「段」単位でGMに連動するか否かを決定するレバーです。真ん中の位置にすると、段全体がGMハンドルから解放されます。レバーを上に入れると通常モードで、GMに連動します。レバーを下に入れた場合、GMに連動しますが、動きが逆転します。つまり、GMを時計回りに回すと下降、反時計回りで上昇となります。これを段ごとに組み合わせて設定することで、「クロスフェード」が可能になります。

     

    たとえば、1段目にホリゾントの青色、2段目に赤色をパッチしたとします。現在青色が点灯しています。ここで1段目のレバーを「逆転」、2段目を「正転」にセットします。この状態でGMを時計回り竊キに回すと、からにクロスフェードすることができます。

     

  • ⑦段マスターハンドル
    段単位の連動ハンドルです。GM連動レバーを解放位置にしないと有効になりません (GMハンドルと同時に使用することはできません) 。

     

  • ⑧段マスター連動レバー
    段マスターに連動させるか、解放させるかを選ぶレバーです。個体によりますが、このレバーは無い場合も多いようです。

どうでしょうか。現代の調光卓とはかなり操作の概念が違いますが、共通するところもありますね。よく考えられたシステムだと思います。昔の人はこれを全身で操りながら、本番のキューをこなしていたのですね。

 

…私も実際に本番の操作をやったことは無いので、間違っていたらコメントくださいね。

 

パッチ方針

さて、オートトランスを操作する場合、パッチも工夫しないといけません。

 

たとえば、現代の調光卓で以下のようなパッチ順になっている場合。
normal_patch

 

例示のためにチャンネル数を少なくしていますが、公共ホール系の現場でやりがちな、LH3色(4色)→UH3色(4色)→サスもの→前明かり、の順番にしています。

 

これをそのまま18ch (6本3段) のオートトランスに持ってきた場合。
autotrans_patch_bad

 

上図のようにパッチするのは悪手です。

 

操作方法の詳細のところで述べたように、オートトランスの操作盤は「段」(グループ) 単位で上昇・下降を切り替えるので、クロスフェード (=上昇と下降を同時に行う操作) の発生しそうなものは可能な限り別の段に入れるべきです。

 

たとえば、昼のシーンから夜のシーンに移行することを考えてみましょう。当然、地明かり(◎)は白から青へ、つまり W から #72 へクロスフェードしたいところですが、上の図ではWも#72も同じ段に入ってしまっているので、連動ハンドルの操作ではクロスフェードができません。やろうとするなら、個別のチャンネルフェーダーを握って、手動で白を下げながら青を上げることになります。

 

それをこの大きさの操作盤でできますか?
autotrans_height

できればやりたくないですね。やらざるを得ない時はあるでしょうが、可能な限りハンドル操作でキューを進行できるようにしておく方が無難です。

 

そこで、以下のようにパッチしていたようです。
autotrans_patch_good

役割が同じで色が異なるもの同士を縦に並べる方針です。このようにすれば、色から色へのクロスフェードが比較的簡単にできます。クロスフェードが最も発生しやすいのは色の変化なので、このような並べ方は一定の合理性があると言えます。

 

また、こうした使われ方から、段に色の名前を付けて管理していることも多かったようです。
下の写真では、4段をW,R,B,Gの名前を付けて管理しています。

autotrans_colordan_mono

3段の場合は、W, B, R(Amber) という名前にすることが多かったようです。

 

もちろんこの「段の名前」は便宜上のものであり、W段には白色の明かりがパッチされることが多い傾向ではあったものの、白色の無い3色のホリゾントをどのようにパッチするのか、特殊な効果明かりや何とも言い難い中間の色はどの段に入れるのか、といったところは好みで決めていたと思われます。

 

RGBのホリゾントの場合、W段には何も入れず、B段に青、Amber段に赤と緑、とすることもあったようです。確かに赤と緑の間でクロスフェードをすることは少なく、組み合わせて橙色を作ることが多いので、この並べ方でも良いかもしれませんね。

 

いずれにせよ、クロスフェードが発生しやすいもの同士を縦に並べる、というのが基本方針だったようです。

 

キューシートと本番操作

オートトランス用のキューシートのことを「オート表」と呼んでいたようです。
その詳細なフォーマットは定かではありませんが、矢印で上昇/下降 (=クラッチの正転/逆転)、数字で調光レベル (=ストッパーの位置) を表現する形式だったようです。

 

さらに、ハンドルの動作は緩慢でカットイン・カットアウトができないため、必要がある場合は各回路のブレーカーを直接操作することで対処するか、強電パッチ盤のところにスイッチ盤 (切替盤) を挟んで対応していたと思われます。(強電パッチ盤の隣にブレーカー盤があるのが一般的でした)

 

また、操作盤と調光器本体はワイヤーと滑車で繋がっていますが、あまり速い動作を繰り返すとワイヤーが操作盤から外れてしまうこともあったようです。そのため、慣れたオペレーターはワイヤーを引っ掛け直す技術も持っていたとか。音楽系でチェイスのようなことをする場合はさぞ大変だったのでしょうね……

 

当然、チャンネル規模が大きい場合は独りで操作するのは困難なので、オペレーターは2~3人体制で臨むことが一般的だったと思われます。

 

まとめ

ほとんど絶滅した「オートトランス型調光器」の操作方法をまとめてみました。

 

実際には発展形として、モーターによる電動制御になったもの、個別のチャンネルごとに逆転クラッチの付いたものなども存在したようですが、最もベーシックな形態として、3~4段程度の手動ハンドル操作のタイプを想定してまとめました。

 

今でこそ、手元の卓で何百chも扱える時代ですが、こういう時代があったことも忘れないようにしたいものです。

 

【謝辞】

  • 操作方法や運用面については、不定期にkazさん (twitter: @kaz141421356) にリプライ等で教えて頂いていました。個別のツイートを挙げればキリがありませんが、おかげさまで本番で操作したことは無いまでも、想像で補える程度の知識を付けることができました。深く感謝いたします。

     

  • 実物を見たのは京都市内の某所 (戦前の個体) と、松村電機製作所川越工場の2回です。特に後者の工場見学の際は、そらいろくらげさんに企画頂き、松村電機の営業・技術の方に丁寧に案内して頂きました。その節はありがとうございました。
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この記事を書いた人

高校演劇~大学の学生劇団で照明を経験し、現在は会社員の傍らアマチュアで舞台照明を継続。第39回日本照明家協会賞舞台部門新人賞。非劇場空間の劇場化、舞台照明の歴史が得意。

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