プランが決まったら、「仕込み図」(吊り込み図、吊図)と呼ばれる図面を描きます。
仕込み図を描く目的は2つ。
- 自分の考えた照明アイデアを整理し、冷静に見つめるため。
- 自分の頭で分かっていることを、他のスタッフや劇場の人が読んでも分かるようにするため。
教室での演劇など、舞台設備の無い場所で照明をする場合でも必ず仕込み図を描くべきです。
仕込み図を描かない劇団ほど、「いつもの照明」に凝り固まってしまう傾向にあるように思われます。「毎公演お決まりの位置にお決まりの灯体を置く」のは、照明プランとは言えません。
何はともあれ仕込み図は描きましょう。
舞台図に重ね合わせて描く
仕込み図の書き方には大きく分けて
- (1) 照明バトンの大まかな位置のみが描かれた簡略図を使う
- (2) 舞台の寸法が正確に描かれた平面図を使う
という2パターンがあります。
慣れないうちは、少なくとも下書きの段階は舞台図に重ね合わせて描くことをオススメします。
バトンを表す線だけの簡略図を使うと、劇場入りしてから舞台セットとの間に思わぬバッティングが発生して、無駄に時間を取られることがあります。
実際の作業時には簡略図の方が分かりやすいこともあるので、清書(現場で仕込みスタッフに配る図面)は簡略図の方が良い場合もあります。
↑(1) 簡略図を使う場合: 公共ホール型の劇場ではこちらが多い
↑(2) 正確な舞台図に重ねて書く場合: いわゆる小劇場の場合、建物の形やバトン配置がいびつなため、こちらが主流
灯体記号を決める
灯体の位置や向きは、灯体の種類ごとに記号(英語では symbols)を決めて描きます。
記号の例として、日本照明家協会が決めたものもありますが、
- 制定が古い
- 同じジャンルだけど違う機種(DFとFQなど)の描き分けが考慮されていない
などの欠点があります。
最近は USITT (United States Institute for Theatre Technology, 米国劇場技術研究所) が制定した記号を使う場合もありますが、国際的に通用する一方、必ずしも日本の照明設備にピッタリ適用できるわけではありません。
……というわけで、使う記号は照明家によってバラバラです。
しかし、一応「これを使えば間違いではない」という記号を紹介します。これは、
- 日本照明家協議会(1966)『舞台テレビ照明器具名称記号』
- USITT(2006) RP-2, “Recommended Practice for Theatrical Lighting Design Graphics”
- その他、慣習的に使われる記号
を足して3で割ったような中途半端な一覧表です。そのことを意識して見ていただければ。
種類 | 記号A | 記号B | 識別のための別記号 | 備考 |
平凸レンズの スポットライト |
など | 別記号は、平凸=「ふつうの丸」 フレネル=「二重丸」を基本にアレンジ |
||
フレネルレンズの スポットライト |
など | (USITT準拠)もよく使われる | ||
PARライト | など | 中に電球の種類を書く 「5M」=「500W・ミディアム球」 |
||
ピンスポ | ― | ― | ||
エリスポ (ソースフォーなど) |
ソースフォーの場合、中にレンズの度数を書く | |||
エフェクトマシン | ― | ― | ||
フラッドライト | ― | |||
ロアーホリゾントライト フットライトなど |
― |
- 「記号A」は、シーリングやフロントサイド、SSなど、「横に向ける」場合によく使う記号です。
- 「記号B」は、ほぼ真下に向ける場合などによく使う記号です。ただし真下向きでも吊り込み時に灯体のウラオモテを指定したい場合など、すべて記号Aにすることもあります。
また、灯体記号に付け加えるサブ記号もあります。
オプション | 記号例 | 備考 |
スタンド | ― | |
床置きベース(おべた) | ― | |
バンドア | (USITT準拠)も使われる |
これ以外の灯体(LED灯体、ムービングライト、裸電球、蛍光灯 etc…)は、好き勝手に決めてしまいましょう。
PC上で図面を描く場合は、以下のような“リアルな”記号を使うことが増えてきています。
↑出典:[1]
また、記号の大きさを区別することで、灯体の大きさの違いを表すことができます。
灯体の実際の寸法に合う大きさで書ければベストです。
少なくとも、実際の灯体の大きさを意識して記号の大きさを決めるべきです。
たくさん吊りたいからと言って記号を小さくしても、灯体は小さくなりません
自分で決めた記号なので、記号と灯体の対応は、必ず凡例 (Keys) として隅っこに載せておきましょう。
勝手に自分が使っている記号が全国共通だと思わないように……
↑凡例 (KEYS) の例。劇場の灯体と持ち込み灯体で分けて書いてある。 また、使う灯体の数も書いてある。
この劇場のフレネルは1種類しか無かったので、「フレネル」としか書いていない。
記号以外に書くこと
-
コンモ線・単独線
英語の common が訛って「コンモ」(または「コンモン」)です。コンモ線で繋がれた灯体は、「同じ調光器(ディマー)につなぐ」という意味です。(必ずしも「1つのコンセントに二又ケーブルで繋ぐ」という意味ではないことに注意です。常設の劇場では、1回路のディマーから壁の中で分岐して、「同じディマー番号のコンセント」が複数出ている場合があるからです。)
コンモする灯体が遠く離れている場合、矢印などを使って線の途中を省略することもありますが、あまり使いすぎると分かりづらくなります。
-
色番号
カラーフィルターを入れて光に色を付ける場合は、フィルターの「色番号」を灯体の隣に書いておきます。
フィルターを入れない場合は「W」や「NC」「N/C」(No Colorの略)などと書きます。いろいろなメーカーのフィルターを使う場合や、2枚以上重ねる場合は、以下のように書くとよいでしょう。
- 「#67」…東京舞台照明「ポリカラー」の67番。
- 「R114」…ロスコ社「スーパージェル」の114番。
- 「L202」…LEE社「LEEフィルター」の202番。
- 「#35×2」「#352」…ポリカラー35番を2枚重ね。
- 「#79 + R119」…ポリカラー79番と、ロスコ119番を1枚ずつ重ねる。
ただしLEEフィルターを最もよく使う場合などはそちらを「#」とし、ポリカラーは「P○○」などと書く流儀もあります。
「#」が 何を指すのか人それぞれになってしまいますが、海外製フィルターは色番号が3桁のことが多いので、現場レベルではだいたい判別可能です。 -
通称回路名
1回路ごとに、その回路の目的(光の当て方の種類)に応じて名前を付けておきます。好きな名前を付けて構いませんが、以下のように規則的な名前を付けるのが好まれます。
ただし、小さな図面に目的を書き込んでぐちゃぐちゃになりそうな場合、図面はあくまで仕込みに必要な情報のみに絞るのも手です。
目的はプランナーの頭の中にあればよいので、仕込み作業で手を動かす人には必ずしも必要ありません。
その場合、- フェーダー番号(後述)
- ディマー番号(後述)
- 自分で勝手に決めた番号や記号
などの記入に留め、別紙で対応表を作る場合もあります。
また、記号の向きを変えたり、矢印を付けたりして、記号上で目的や照らす方向を表すことも一応可能です。
↑出典:[2]
ただし、このような記法は古風なもので、使いづらい点もあります。
「地明かり」という目的を示す記号が「フレネルレンズ」を示す記号と被っていますし、“記号のチョイ変”は機種名の区別を付ける目的にも使うためです。
よって、最近は正式な図面には使わず、個人的なメモや調光卓への書き込みなどに使用することが多いです。 -
公演タイトル、日時、名前と連絡先
これは仕込み図を書く時の「お約束」です。身内にしか見せない図面の場合は重要ではありませんが、書くと「プロっぽく」なります。
劇場スタッフなど、身内以外の人に見せる場合、必須です。
↑こんな感じで…
オプション
以下はオプションです。書いても書かなくても構いません。
別紙で書類を作って、そちらにまとめて書くこともできます。
-
接続先コンセント (Circuit)
各灯体を差し込むコンセント番号を指定する場合、書いておきます。USITTに従い、六角形の中に数字を書くとよいでしょう。
-
ディマー番号 (Dimmer)
各灯体を入れ込むディマー番号(調光回路番号)を指定する場合、書いておきます。USITTに従い、四角形の中に数字を書くとよいでしょう。
ただし、
- 仮設現場ではなく常設の劇場で、かつ
- 強電パッチ設備が無い場合
は、コンセント番号を書けば自動的にディマー番号が紐づくので、わざわざ書く必要はありません。
高校演劇大会等で使われる市民会館型ホールは、ほとんどが上記の条件を満たします。 -
フェーダー番号 (Channel)
その回路を、最終的に調光卓のフェーダー何番で操作したいのかという情報です。USITTに従い、丸の中に数字を書くとよいでしょう。
調光卓にパッチ機能が無い場合は、【フェーダー番号=ディマー番号】になるので、書く必要はありません。(USITTに従うなら、その場合ディマー番号を丸数字にします)図面に書いてもあまりメリットはありませんが、パッチ作業の時に重要になるので、できれば別紙にまとめておくことをおすすめします。
(パッチ表とか、フェーダー表とか呼ばれます)
↑図面にディマー番号・フェーダー番号を書く場合。
別紙にまとめる場合は、「調光卓のパッチの仕方」の記事をご覧ください。 -
調光ユニットの位置
調光ユニットを仮設する場合、調光ユニットを置く位置もある程度自由に決められます。位置を図面に書いておくと仕込みやすくなります。
-
DMXスタートアドレス
- (DMX信号対応の) 調光ユニットを仮設する場合
- LED灯体やムービングライトなどのDMX機器を使う場合
は、各機器の「DMXスタートアドレス」を図面に書いておくことが必須です。フィルター番号と同じく灯体記号に隣接した位置に、「A.001」のように書いておくとよいでしょう。
実践的な注意点、心構え
照明仕込み図の基本は上記の通りです。
より実践的な仕込み図の書き方、さらに劇場サイドとの打合せについては、そらいろくらげ(@yukie_suzuki725)さんのブログに非常に分かりやすく記述されていますのでそちらをご覧ください。
初心者のための照明仕込み図の描き方|くらげ模様
サンプルとして、私が描いた図面をいくつか掲載します。
上記くらげさんのブログは、市民会館のようなプロセニアムスタイルの劇場を想定しているようですので、
こちらでは小劇場や非劇場空間等の雑多な空間向けの仕込み図を載せておきます。
- サンプル1
劇場ではない、普通の教室のような場所での公演で、舞台監督が作成した会場図面の上から照明仕込み図を描いたものです。
「調光ユニットの位置」も、ちゃんと描いてあります。 - サンプル2
「小劇場」と呼ばれるタイプの劇場です。「レンズ抜き」などのテクニックに挑戦しています。
スッキリさせるため、通称回路名の代わりにディマー番号(丸抜き数字)を使っています。 - サンプル3
小劇場での、軽いイベントものの照明です。かなりシンプルです。
仕込みの高速化のため、目印になるもの(蛍光灯)の位置を載せて、吊るバトンを間違えないように配慮しています。
2014/4/20追記:Twitterでいただいた情報等を参考に、少し改稿しました。(主にUSITT規格に関わる部分)
2019/1/2追記:くらげさんのブログへリンク。その他微修正。
【出典】
[1]: 藤井直(2014)「ステージ・舞台照明入門 舞台の基礎からDMX、ムービングまで」リットーミュージック、p.36
[2]: 同上、p.32
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