#B-6よりも濃いコンバージョンを必要とする時に、#B-3と#B-4を重ねて「#B-7だ!」とやりたくなる気持ちは分かります。しかし実際のところ、3+4=7にはならないのです。この話について解説をしてみたいと思います。
※ここで解説することは、「ミレッド値」に関する話題です。ミレッド値に関するWikipediaページを見て、「ああ、なるほどね」と思う人はこの記事を読む必要はないと思います。
※前段としてコンバージョンフィルター (色温度変換フィルター) に馴染みのない方は、先に「色温度について」の記事をご覧ください。舞台照明でも非常によく使われるフィルター類ですので、ぜひ使ってみてください。
1+2=3ではない世界
コンバージョンフィルターの世界では、B-3+B-4がB-7になりません。つまり1+2=3にはならない、ということです。
東京舞台照明のホームページから、色温度の変換例を引用してみましょう。
基準が3200K (少し白めの電球色) に設定されているので、B系に絞って、それぞれ3200Kからの差分を見てみましょう。
フィルター | 3200Kからの差分 |
B-1 | +100K |
B-2 | +300K |
B-3 | +700K |
B-4 | +1100K |
B-5 | +1800K |
B-6 | +2300K |
この時点で、B-◯の数字と、色温度の上がり具合は直線的に比例しないことが分かりますね。
さらに悪いことに、基準が3200K以外だった場合、この差分の数字すらも変わってしまいます。
B-1は、3200Kの光源にかぶせれば+100K色温度が上がりますが、元の光源が5000Kだとしたら、その差分はもっと小さくなってしまうのです。
言い換えれば、「色と色との距離」を考えたとき、2000〜3000Kなどの低い色温度では数値の差が色の変化に大きく影響し、5000K〜10000Kなどの高い色温度では、数値の差に対し実際の色の変化が小さく感じるということです。
カタログ上、相対的な値で書かずに、特定の色温度からの差分でしか書いていないのは、このように単純な数字の足し引きで表現できなくなっているからです。
このことは、wikipediaの「ミレッド」の記事にグラフで表現されています。色を座標で定義する方法はいくつかありますが、この図では CIE 1960 u-v色度図という、座標同士の距離が人間の感覚上の色同士の距離に比較的近いものを採用しています。つまりこの色座標上で遠い色は、人間の感覚として「遠い色だと感じる」わけです。
中央付近にある弓なりの曲線が、色温度の概念で表せる色を示しています。1000Kごとに区切り線が引いてありますが、1000K〜2000Kの間が最も距離が大きく、9000K〜10000Kの間は同じ1000Kの差分でも、色としての距離は近い (人間にはあまり差が分からない) ことが表現されています。
言われてみれば、1000Kと2000Kは「赤とオレンジ」のように明らかに言葉で区別できるのに対し、9000Kと10000Kは両方とも「青」か「水色」としか言えず、明確に言葉で区別するのも難しい色だと思います。
ミレッド (色温度の逆数) の導入
さて、前述のように色温度 (K) の差と、感覚としての色の差は比例しないこと、それにより色温度の計算は容易ではないことが分かりました。
しかし、それでは現場の運用上、不都合があります。
「全体の照明を5000Kに統一したい」という時に、手持ちの照明機材がバラバラで、3000Kの白熱電球、3200Kのハロゲン灯体、5000Kのメタルハライドランプ、6000Kの蛍光灯、といった状況だった場合、どのようにコンバージョンフィルターを使えば狙いの色温度に持っていけるのか、現場でできるレベルの簡単な計算で出す必要があります。こうした需要は特に撮影照明で多く発生します。
そこで導入されたのが「ミレッド」です。
ミレッドとは、「色温度の逆数を100万倍したもの」です。たとえば、3200Kをミレッドで表すには、色温度の逆数 1/3200 に100万を掛けます。
1/3200 × 1000000 = 312.5 mired
このようにして算出されたミレッド値は、元の色温度に比べて、数値の差と感覚的な色の距離が近いことが知られています。先ほどのu-v色度図で表現すると、そのことがよく分かります。
今度は、数値の差が色座標の差におおむね均等に反映されていることが分かりますね。
実際のところ、100万を掛けずに色温度の逆数をそのまま使用してもよいのですが、1/3200 = 0.0003125 など極めて小さい数字になってしまい、現場の運用がしづらいため、100万を掛けて人間の感覚で扱いやすい数字にしているようです。
なお、ミレッド (M) を再度色温度 (K) に変換するには、
M = 1/K * 1000000
∴M = 1000000 / K
より、
K = 1000000 / M となります。「100万 割る ミレッド = Kに戻る」です。
実際の計算例
ここまでに紹介した知識を使って、実際にコンバージョンフィルターによる色温度の変換を計算で求めてみましょう。
問:東京舞台照明の「#B-3」を、4500Kの光源にかぶせた場合、何Kに変換されるでしょうか?
具体例をミレッド差に変換する
東京舞台照明のホームページでは、B-3は「3200K→3900K」という具体例だけが示されています。ここでの差は+700Kですが、前述のように、4500Kの光源に対しては+700Kになりません。4500K+700K=5200K、は間違いです。
これを単純な足し算・引き算に持ち込むために、数値と色が比例しているミレッドの世界に一度変換します。
3200Kをミレッドに変換すると312.5、3900Kをミレッドに変換すると256.4であるため、256.4 – 312.5 = -56.1。つまり「#B-3とは、ミレッドを-56.1するフィルターである」と言うことができます。色温度のままだと具体例での計算しかできませんでしたが、ミレッドにすることで相対値による計算が可能になります。
光源をミレッドに直して計算する
次に、元の光源色温度 4500K をミレッドに変換します。1 / 4500 * 1000000 = 222.2 (小数第2位四捨五入)
ここで#B-3は「ミレッドを-56.1するフィルター」であるため、フィルター適用後は 222.2 – 56.1 = 166.1。
計算結果を再び色温度に直す
最後に、計算結果の166.1ミレッドを再び色温度に直します。
1000000 / 166.1 = 6020K (小数第1位四捨五入)
これにより、「4500Kの光源に#B-3フィルターをかぶせた場合、6020Kになる」ということが分かりました。
#B-7相当を作るには?
ここまでの知識を使えば、 #B-7 に相当する濃さのコンバージョンを作りたい場合にどうすればよいのか見えてきます。
まず、#B-1 〜 #B-6 それぞれのミレッド値変換テーブルを作ってみましょう。
フィルター | 具体例 | ミレッド |
B-1 | 3200K→3300K | -10 |
B-2 | 3200K→3500K | -30 |
B-3 | 3200K→3900K | -56 |
B-4 | 3200K→4300K | -81 |
B-5 | 3200K→5000K | -112 |
B-6 | 3200K→5500K | -131 |
1段階進むごとに、ミレッドで-20〜-30程度濃くなっていくことが分かります。よって、もし#B-7があるとすれば、ミレッド値は -150〜-160 程度になるはずです。そう考えると、「#B-3 + #B-5」や、「#B-2 + #B-6」の重ねがけが、#B-7相当として妥当といえるでしょう。
また、この理屈でいくと、もし#B-5のフィルターがない場合、「#B-2 + #B-4」で代用してもおおむね同じ変換結果が得られると言えます。実際にはフィルターを2枚重ねると透過率が落ちて、より暗く・青っぽく感じられることになると思いますが、理論上はこうした代用も可能です。
また、#B-7以上の濃さが必要な場合、LEEやRoscoのコンバージョンフィルターも検討することをおすすめします。
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