いわゆるムービング卓では、「フィクスチャー」(Fixture) という単語が頻出します。この単語の意味と役割について解説します。
なお、この記事ではレトロニムとして、ムービングライトではない灯体、すなわち動かない白熱電球・ハロゲン電球の灯体を「一般灯体」(Conventional Fixture) と表現し、それらの調光に使用する卓を「一般調光卓」と表現します。
直訳で「備品」→「灯体」
Fixture という単語は、”Fix” (固定する) が含まれていることからも分かるように、主に家屋の作りつけの備品、固定された備品のことを指します。
そこから、天井に固定されている照明器具のことを light fixture と呼ぶようになり、これが舞台照明の用語に持ち込まれて、日本語で言うところの「灯体」を指す言葉になったと推測されます。
……灯体?
それであれば、ムービング卓であるかどうかにかかわらず、我々が舞台照明をする時には必ず灯体の明るさを制御していますよね。
にもかかわらず、一般調光卓の操作系においては、「チャンネルフェーダー」「ディマー」「回路」といった用語ばかり使われ、「灯体」が出てきません。
なぜ、ムービング卓に限って、卓の盤面表示に「灯体」が頻繁に登場するのでしょうか?
卓は「何を」操作しているか
ムービング卓に「フィクスチャー」すなわち「灯体」の概念が頻繁に登場する理由を考えるときに、一般灯体の調光、ムービングライトの操作、それぞれのシステムの違いを考えてみましょう。
卓は「何を」操作しているか?という観点です。
一般調光卓 ⇔ 一般灯体 の場合
一般調光卓が一般灯体(白熱・ハロゲン電球の) を調光する、という昔ながらのシステムの場合、卓が命令を出す相手は「調光ユニット」であり、より詳しく言えば「調光ユニット内の個々のディマー」になります。
実際には、そのディマーの先にケーブルがバトンまで伸びていて、バトンの上にコンセントがあり、コンセントに灯体を接続する……わけですが、調光卓はそこまで関知しません。あくまで調光卓はディマーを制御しているのであり、その先に白熱/ハロゲン灯体が繋がっているのかどうか、また何灯繋がっているのかは、卓にとっては関係のない事項です。
また、制御するパラメータとしては当然「明るさ」しかありません。(もう一歩原理的に言うと、「調光ユニットの出力電圧の波形」。) 一般灯体においては、明るさ以外のパラメータ ―色、灯体の向き、照射範囲など― は仕込み作業の際に決めるしかありません。
すなわち、一般調光卓 ⇔ 一般灯体のシステムにおいては、卓は何を操作しているかと言われれば
- 卓はディマーを操作している。(制御対象)
- 卓は明るさを操作している。(パラメータ)
という2つのことが言えます。
ムービング卓 ⇔ ムービングライトの場合
これがムービングライトの場合だと、下図のようになります。
すなわち、白熱電球のように「調光ユニット」なるものを介している状態ではなく、灯体に直接信号線を繋いでいて、灯体の電源は普通のコンセント (調光回路ではない) から取っているという、シンプルな構造になっています。
この図からすると、「卓が灯体を制御している」、という感じが強くなっていますね。卓から出た信号が直接灯体に届くわけですから、「卓が灯体を、直接、制御している」と言っても問題はないでしょう。
一方、制御するパラメータについては、一般灯体に比べて複雑化します。一般灯体では「明るさ」だけであったのに対し、ムービングライトはその名の通り動く灯体ですので、「明るさ」に加えて「首振りの向き」もコントロールしなければなりません。
さらに、一般的にムービングライトは、首振り機能だけでなく内蔵のカラーホイール/ゴボホイールを回転させて色やゴボを変える機能が付いているため、この時点で明るさ・首の向き・色・ゴボと4種類のパラメータを操作することになります。加えて、機種によってはストロボ機能、ズーム機能、プリズム機能、など様々な機能が追加されます。
すなわち、ムービング卓 ⇔ ムービングライトのシステムにおいては、卓は何を操作しているかと言われれば
- 卓は灯体を操作している。(制御対象)
- 卓は明るさに加えて、向き・色・ゴボ・照射範囲等を操作している。(パラメータ)
という2つのことを言えます。
一旦まとめ
まとめると、卓が「何を」操作しているのかと問われれば、以下のようになります。
\ | 制御対象 | パラメータ |
一般照明 | 調光ユニット(ディマー) | 明るさ |
ムービングライト | 灯体 | 明るさ |
ポジション | ||
色 | ||
ゴボ | ||
ストロボ | ||
ズーム | ||
…… |
この違いが、一般調光卓/ムービング卓それぞれに求められる機能、ひいてはフィクスチャーの意味の解明につながります。次はその観点で見てみましょう。
卓の「最小操作単位」
一般調光卓の場合
一般調光卓における、本番操作中に最も基本になる操作単位、すなわち最小操作単位は何になるでしょうか。
そんなに難しく考えなくても、答えはチャンネルフェーダーでしょう。
シーンを記憶させるにしても、まずチャンネルフェーダーを動かして明かりを作ってから記憶させますし、そもそもシーン記憶とかn段プリセットといった機能は、チャンネルフェーダーをすべて手動で動かすには手が足りないために生まれた機能でもあります。
そして、チャンネルフェーダーに2つ以上のディマーをパッチした場合、それらの回路はチャンネルフェーダーを動かせば両方とも点灯してしまい、バラバラに操作することはできません。
そのような意味で、チャンネルフェーダーは一般調光卓におけるそれ以上分解できない操作単位 = 最小操作単位 だと言えます。
ムービング卓の場合
では、ムービング卓の場合、一般調光卓におけるチャンネルフェーダーに相当する最小操作単位は何になるでしょうか。
はい、それがフィクスチャーです。一般調光卓におけるチャンネルフェーダーと同様に、シーンを記憶させる時には、まずフィクスチャーを選択して明かりを作ってから記憶させます。
このことは、一般調光卓とムービング卓の盤面の違いを理解するとより感覚的に理解できます。
一般調光卓の盤面レイアウトは、卓の規模に応じてチャンネルフェーダーがズラッと数本~数十本並んでおり、その周辺にマスターフェーダー、クロスフェーダー、サブマスター (シーン記憶用フェーダー) といった特殊な役割を持つフェーダーが追加されます。
そして、最小操作単位であるチャンネルフェーダーを操作するときには、チャンネルフェーダーの上に指を置いて、フェーダーを動かします。
一方でムービング卓の場合、典型的には大きなタッチパネルが盤面上にあります。
このタッチパネルを使って、まず灯体 (フィクスチャー) を選択します。そのうえで、その灯体のパラメータ (明るさ、ポジション、色、ゴボ、etc……) をエンコーダーと呼ばれる操作器をぐりぐり回して決めます。
このように、操作対象の設定→パラメータの設定、という流れから言っても、フィクスチャーは一般調光卓におけるチャンネルフェーダーと同じように最小操作単位であり、チャンネルフェーダーを拡張した概念であることがわかります。
ちなみに、このパラメータそれぞれの属性 (「明るさ」とか「ポジション」とか「ゴボ」とか) のことを、アトリビュート / Attributes と呼びます。
まとめ
以上のことをまとめると、タイトルでもある「ムービング卓における『フィクスチャー』」とは何か?という問いに対しては、
- フィクスチャーは、ムービング卓における最小操作単位である。
- 一般調光卓では個々のチャンネルフェーダーであったものが、ムービングライトでは灯体のパラメータが多いため、「フィクスチャー」という概念に拡張されている。
- ムービング卓においてシーン作りを行う際は、フィクスチャーをまず選択し、そのパラメータ (アトリビュート) ごとに設定値を決めることを繰り返して1シーンの明かりを作る。
という3つのことが言えるでしょう。
補足
ここから先は、少し補足的な事項についてご紹介します。「フィクスチャー」のより深い理解につながれば幸いです。
1. ムービング卓からディマーを操作する場合
ムービング卓を使用する現場は100%の灯体がムービングライトというわけではなく、当然演出上の要求に合わせて一般灯体も配置されます。特に公共ホールの場合は、常設の一般灯体と持ち込みのムービングライトを1つの卓から操作することがよくあります。このような場合、ムービング卓での取り扱いとしては、「ディマー」という名前のフィクスチャーを登録することになります。
より詳しく説明すると、ムービング卓におけるパッチ作業は、一般調光卓と違って、メーカー名と機種名を選んで灯体を「登録する」というような形態を取ります。
この画面で、ムービングライトのメーカー名や機種名を選ぶ代わりに、「Dimmer」を選択するわけです。卓によっては、メーカー名「Generic」/機種名「Dimmer」という器具として登録されています。
こうすることで、フィクスチャーの概念を維持したまま一般灯体を扱うことができます。
2. LEDPARの取り扱い
LEDPARやLEDホリゾントライトといった「動かないLED灯体」は、ムービングライトと同じように卓から直接灯体を操作するタイプの機器ではありますが、動かないために操作パラメータがせいぜい「赤の明るさ・緑の明るさ・青の明るさ」といった単純なものになります。このため、一般調光卓から操作することも容易にできます。
この意味で、LEDPARはフィクスチャーという概念と、従来のディマーという概念の中間に位置する機器だと言うことができます。
LEDPARを一般調光卓から操作する場合は、ホリゾントライトの要領で各フェーダーにR・G・B…と色を割り当てていきますが、この方法は
- フェーダー本数を浪費しやすい (RGBWAの5色タイプの場合、1台の制御で5本使う)
- 目的の色を作るための配合に習熟を要する
というデメリットがあります。
これに対し、ムービング卓を使ってフィクスチャーの概念でLEDPARを取り扱う場合、フェーダーの浪費という概念から開放されるほか、タッチパネルの利点を活かして画面上のカラーピッカーで色を選択できたりといったメリットがあります。
▲カラーピッカー画面の様子。下のエンコーダーでRGBWそれぞれの手動操作もできる
3. 灯体ではない「フィクスチャー」
フィクスチャーの世界では、明るさ以外に様々なパラメータを扱えるようになったため、もはや「灯体」とは言えないような機器の操作もできるようになっています。
- スモークマシンの制御
- プロジェクターで投影する映像を保持する「メディアサーバー」の制御
こういったものでも、ムービング卓の中では「フィクスチャー」という考え方で制御できます。
この意味で、もはや「フィクスチャー」の和訳としては「灯体」ではなく、より拡張された「機器」「DMXで制御できる器具」全般を指す言葉だと理解しても全く差し支えはないでしょう。
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