舞台照明の作業のひとつである「シュート」について解説します。
「当たり合わせ」などとも呼ばれる作業です。
英語では「フォーカス(focus)」と言うそうで、英語版Wikipediaにもそう書いてありますが、日本語でフォーカスと言うと、シュートの中でも特に「照射範囲を合わせる作業」だけを指すことが多く、やや紛らわしいです。
作業内容と必要人員
シュートの作業内容は、「灯体の向きや照射範囲を、本番で使う状態にする」ことです。
吊り込み(灯体設置)を終えた段階では、それぞれの灯体はバラバラの方向を向いているか、ある程度合わせてあっても、正確には振り向けていないことでしょう。
そんな状態の灯体を、本番で使えるように調節するのがシュート作業です。
シュートに必要な人員は、最低4人と言われています。
- (1)シュートしたい灯体が点灯するように、調光卓を操作する役(「送り」)
- (2)実際に灯体を触って、向きや照射範囲を調節する役
- (3)舞台上に立ったり座ったりして、照らされる役
- (4)プランナー(上記3人への指示・イメージと合っているか確認)
人員の都合で(3)を省略したり、プランナー自らが(2)の役を兼ねたりすることもありますが、基本的にはこの4役が揃っている方が望ましいです。
4役のうち、実際に灯体の操作をする(2)の役は、重要な役目です。
- 劇場の構造に関する専門用語(上手・下手など)を知っている
- 「明かりの種類」に関する専門用語を知っている
- シュート指示に関する専門用語(この記事で扱います)を知っている
- 灯体の機械的な仕組み(ネジの位置など)について習熟している
など、様々な知識と技能が求められます。
また、灯体の触り方についても、
- 脚立やローリングタワー(車輪付きの梯子)を使って直接触りに行く
- 介錯棒(シュート棒)や竹竿を使って、つついて動かす
という2種類があり、劇場の設備によって使い分けます。
介錯棒を使う場合、照射範囲(ズーム、フォーカス)を合わせたりPARライトの電球を回転させたりするのはほぼ不可能なので、介錯棒を使えるのはバトンを昇降できる劇場だけです。
シュート用語
特に(2)の実際に灯体を触る役が覚えなければならない、シュート用語を見てみましょう。
- 首上げ・首下げ
地面と平行な平面を軸として、上下に傾けること。チルト(tilt)とも言いますが、チルトという言葉はもっぱらムービングライトにのみ使われます。
※点灯中は熱いので、手袋を着用しましょう - 上手振り・下手振り
灯体を上手方向・下手方向に振り向けること。
基本的には、地面と垂直な平面を軸として左右に振ること(=パン)を指しますが、灯体の位置によってはチルト(首上げ・首下げ)と同じ意味になることがあります。
↑パンの調整 - 奥振り・前振り
これも灯体の位置によって、パン・チルト両方を指すことになります。とにかく言われた向きに光が行くように振り向ければOK。 - 開く(バラす)・絞る
平凸レンズやフレネルレンズの灯体は、電球とレンズとの距離を変えることで、照射範囲(ズーム)を広くしたり狭くしたりできます。 この作業を指してフォーカスと言うことがあります。
電球とレンズを近づける(=照射範囲を広げる)ことを「開く」「バラす」、
遠ざける(=照射範囲を狭くする)ことを「絞る」と言います。
調節方法には、電球ソケットを直接前後にスライドさせるタイプと、ダイヤルと歯車によって前後させるタイプがあり、機種によって異なります。
↑照射範囲最大(ドンびらき、ドンばらし)と、照射範囲最小(ドンしぼり) - 縦芯・横芯
PARライトは照射範囲が楕円形なので、電球を回転させることで楕円の向きを変えます。
灯体を基準にする場合(灯体縦芯・灯体横芯)と、舞台に出る光の見た目を基準にする場合(舞台縦芯・舞台横芯)があります。
↑灯体縦芯(左)と、灯体横芯(右) - エッジ(ピント)
エリスポ、ピンスポ、エフェクトマシンなど、2枚レンズ系の灯体は、電球とレンズユニットの距離を変えることで、光の輪郭(エッジ)の「ボケ具合」を調節することができます。一般に言う「ピントが合っている」「ピンボケ」のことです。 これも「フォーカス」と呼ばれます。
演出上の目的でわざと「ピンボケ」にする場合は、ピントが合った状態から電球に近づけると、エッジが赤っぽくなり(赤ボケ)、遠ざけるとエッジが青っぽくなります(青ボケ)。 - 取る
光を当てること。例:顔を取る(顔を明るくする) - きらう
光を当てないようにすること。例:蹴込みをきらう - ケラレる
当てたい位置と灯体との間に障害物があって、光が遮られること。
※カメラ用語の「ケラレ」を借用したものか。語源は「蹴られ」?
↑他の灯体によって光が「ケラレる」図 - ストレート・クロス
同じ目的の灯体を複数台並べて用意する(光を繋げる)場合、- 上手側にある灯体で上手側を、下手側にある灯体で下手側を照らす(=ストレート)
- 上手側にある灯体で下手側を、下手側にある灯体で上手側を照らす(=クロス)
という2種類のシュート方法があり得ます。
照射範囲、蹴られるかどうか、影の出方、などを考慮し、ストレートかクロスか選択します。 - 羽根
バンドア、またはエリスポ(カッターライト)のカッターを指して羽根と呼びます。
バンドアは4枚羽のものが主流で、2枚は大きく、2枚は小さく作ってあります。
↑バンドア
シュートの流れ
シュート作業の具体的な流れとしては、以下のようになります。
- 介錯棒や竿を使う場合は、バトンを降ろした状態で、照射範囲(ズーム)だけ合わせ、カラーフィルターを入れておく
- シュートに関わる作業員は各自、持ち場に付く(送り役は調光卓へ、当たり役は舞台上へ、プランナーは客席へ)
- プランナーは送り役に、どの灯体を点灯してほしいか指示する
例「チャンネル15番を上げてください」 - 送り役は指示されたフェーダーを上げ、灯体を点灯させる
- 脚立を使う場合で、まだカラーフィルターを入れていない場合は、ここで入れてもらう
- プランナーは灯体を動かす人に、「目的(明かりの種類・何をどう照らしたいか)」「照射範囲」「光が当たってほしくない部分」を伝える
例「下手のエリア明かりです。下手側3分の1程度を取ってください。舞台中央にある机は嫌って」 - 灯体を動かす人は、指示に従って向きを変えたり、照射範囲を調節したりする
適宜、「どうでしょう?」などと、プランナーに指示を求める - 細かい調整のため、より具体的な指示を出してもよい
例「バンドアの下手側の羽根をもう少し閉めてください」 - 完成したら、他の灯体についても(3)~(7)を繰り返す
なお、「送り」役は安全確保のため、
- 脚立を移動する際には、地明かりや作業灯などを点けて十分明るくする
- 次のフェーダーを上げてから、前のフェーダーを下げる(暗転を挟まない)
などの気配りが必要です。
【画像出典】
すべて筆者撮影
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