「調光卓と調光ユニット」の記事で紹介した通り、明るさを変えるには「操作をする部分=調光卓」と、「実際に電圧(≒明るさ)を調整する部分」の2つがあります。
調光卓は、「操作をする部分」なので、いかに操作をしやすくするか、操作者(オペレーター)の負担を減らすか、という方向性で進化してきました。
はじめは全手動
もっとも原始的な調光卓は、下の図のような感じでしょう。
「M」と書かれたフェーダー(マスターフェーダー)が1本と、
番号が書かれたフェーダー(チャンネルフェーダー)が何本か(ここでは8本)あります。
チャンネルフェーダーは操作卓上の最小単位で、「明かりの種類」ごとに割り当てられたフェーダーです。前から照らす、後ろから照らす、赤い明かり、青い明かり、……舞台には、さまざまな「明かりの種類」が存在します。それぞれの明るさを変えるためのフェーダーが、チャンネルフェーダーです。
(すでに分かっている方には、当然のことでしょう。もちろん「パッチ」や「入れ込み」によって、チャンネルと明かりとの関係を決めますね)
一方、マスターフェーダーは、チャンネルフェーダーを「支配する」フェーダーです。
マスターフェーダーが0になっていると、チャンネルフェーダーをいくら操作しても真っ暗です。
マスターフェーダーが50%、チャンネルフェーダー1が70%なら、チャンネル1の明るさは掛け算で 50%×70%=35% になります。
チャンネルフェーダーは、マスターフェーダーには逆らえません。平社員と社長のような関係です。
この「支配する←→支配される」という考え方は重要になるので、意識しておくとよいでしょう。
ところで、この原始的な調光卓を少し発展させたものとして、「マスターを無視するスイッチ」が追加されたものも存在します。
チャンネルフェーダーの上に「マスターフェーダーに支配されるスイッチ」「無視する=フリースイッチ」が付いていて、チャンネルごとに選択できます。
これを使えば、「次のシーンはほぼ真っ暗だが、一つの明かりだけ残したい」という時の操作が楽になるでしょう。
この後解説する「グループフェーダー」にも通じる考え方です。
マスターを分割する=グループフェーダー
上で紹介した原始的な調光卓は、チャンネル数が増えていくにつれて、オペレーターの負担がどんどん増えていきます。「ch.1~10を一気にフェードインしながら、ch.30~45を順番にフェードアウト」なんて言われたら、指が何本あっても足りません。
これを解決する方法として、チャンネルフェーダーをいくつかのグループに分け、それぞれにマスターを付ける方法が考えられます。「グループフェーダー(グループマスター)」の登場です。
上の図では、ch.1~4がグループ1、ch.5~8がグループ2に属しています。グループフェーダー1(G1)は、ch.1~4を支配し、グループフェーダー2(G2)は、ch.5~8を支配します。
つまり、8chの調光卓1台が、4chの調光卓2台に分裂したようなものです。
さらに、グループフェーダーをも支配する強大な権力を持つ、「グランドマスター(GM)」と呼ばれるフェーダーも追加されています。
そして、これの発展形として、「チャンネルごとにどのグループに所属するか選択できるスイッチ」を付けたもの、も考えられるでしょう。
上の図では、8つのチャンネルフェーダーが3つのグループ(G1~G3)のどれに所属するか選択できるように、スイッチが付けられています。もちろん、どのグループにも所属しない(グランドマスターにのみ支配される)というスイッチがあってもよいでしょう。
この機能により、照らすエリアや色ごとに別々のマスターが利用できるようになり、若干操作が楽になります。たとえば、緞帳の内側は先に点灯して、前明かりは緞帳アップとともに遅れて点灯する場合などに使われたようです。
しかし、いずれにせよ全手動操作を基本としていた時代の非常に古典的な機能であり、シーン記憶調光卓が発達した現代ではほとんど意味がない機能となりました。(*)
また、グループ機能の積極的な使用が想定される旧式の卓でも、大抵は次の記事で紹介する「2段プリセット」「3段プリセット」という機能と併用され、グループ機能のみという卓はほぼ存在しません。(**)
(*)丸茂の「プリティナ」という卓なんかは盤面の目立つ位置にグループマスターがありますが、記憶ができるのでほとんど使わないという話もしばしば耳にします。
(**)純粋な「グループフェーダー機能のみを持つ卓」は、丸茂電機のディムパックTZ-15(「15」のみ。「10」や「6」は除く)。現行機種では他に無いんじゃないかな。
【コラム】オートトランスの時代
「調光卓と調光ユニット」の記事で触れたとおり、1930年代~1960年代までは、調光ユニットは可変変圧器(オートトランス)が主流で、調光卓は「卓」ではなく「操作盤」とでも呼ぶべき大がかりなものでした。
この時代から、「グループフェーダー」と似た発想は既にあったようです。
上の画像はオートトランスの操作盤です。1936年製の、もっとも原始的なものです。
今で言うチャンネルフェーダーがたくさん並んでいて、チャンネル4~5本ごとに1個、ハンドルが付いています。
このハンドルを回すと、チャンネルフェーダーが連動して上がったり下がったりします。ハンドルと歯車を使った機械的な仕組みなので、現在のマスターフェーダーのような「支配」の仕方とは少し違いますが、操作盤をいくつかのグループに分けようとする発想は共通するものがあるでしょう。
ところで、立木定彦(1994)『舞台照明のドラマツルギー』(リブロポート) には、グループフェーダーの意義について、この記事で紹介したのとは違うことが書かれています。
難しい内容なので、ふつうの人は読み飛ばしてください。
以下引用
(現在のような電子部品を用いた制御になって、)
マスターフェーダーが0から100までの過程を4秒で動いたとすると、各フェーダー出力値は100でも4秒、20でも4秒と同じ時間で一括的に出力されるようになった。これは等比再生(rate play back)とよんだ。
操作機の軸回転を調光操作レバーに伝えたオートトランス方式は、軸回転速度が一定なので出力値(行程)が異なれば運行時間も異なった。等差的な運動であった。
…(中略)…
この差を解決するには、一括的な運動では異なった速度、および異なった運動のスタートか終了のタイミングが選択できれば解決できた。多数のプリセットグループを幾つかのグループか、一本あるいは複数のフェーダごとに異なった速度とタイミングで操作する。つまりプリセットを分割して操作すれば可能になる。
(pp.256-257)
以上引用(太字は引用者による)
つまり、
「オートトランス時代の機械的な調光操作盤では「等差的フェード」だったのに、小型化・電子部品化されて「調光卓」の時代になったら、「等比的フェード」になってしまった。
昔のような「等差的フェード」をしやすくするために、グループフェーダーがあるのだ!」
……というようなことが言いたいのでしょう。
これ、本当なんですかね?
現在では、コンピュータの発展により調光卓の記憶・再生機能がすごく発達しているので、等差的フェードも簡単に実現できるわけですが…。
(たぶん、「クロスフェード vs. ムーブフェード」の話題にも繋がるところかと思います。)
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