照明で使う「光の三原色」と言った時に、赤・緑・青の3色を指すこと、および、この3色の調光で可視色のほとんどが作れることを、(ホリゾントライトやLED機材等での実験を通じて) 多くの照明初心者が学ぶことになると思います。

この「光の三原色」モデル自体は正しく、初心者向けの直感的な説明として有用であります。
しかし、舞台照明上問題になることが2点あり、これによって舞台照明初心者が中級者になるときに必要な、色に対する正確な理解が妨げられる可能性があると筆者は考えています。そのことについて説明したいと思います。
なお、これは元々X (旧Twitter) での一連のポストをブログ向けにアレンジしたものです。
問題1: 「三原色以外の色はすべて混色だ」という誤解
三原色モデルの問題点の1つめは、「すべての色は三原色の組み合わせで “のみ” 表現される」と誤解してしまうことです。 つまり「黄色」は必ず赤と緑の混色で、黄色単体の色は存在しないと誤解してしまう例です。そうではなく、「黄色」は単体で存在できます。
ここで「単体で存在できる色」とは、「可視光線の波長として存在して、ヒトも感じ取れる色」と定義して間違いはないでしょう。「光」は電磁波の一種であり、ある周波数帯の電磁波がたまたまヒトの視覚に色として感じられるので、その周波数帯を可視光線と呼んでいます。

上図より、たとえば空気中に波長570nm (周波数 525 テラヘルツ) の電磁波が単独で飛んでいるとします。それを私たち人間は眼で見ることができ、その色は「黄色」に感じられます。このことから、黄色という色は「単体で存在している」と言って差し支えないでしょう。
では「単体で存在できない色」とは何かを考える時に、この画像を使います。

これは CIE 1931 xy色度図 と言って、混色も含めたあらゆる可視色を二次元のグラフとして表現したものです。皆さんの手元の画面では表現できない色も座標としては含まれています。
この xy色度図では、外周の赤く囲った部分が「単体で存在できる色」で、内側に入っていくと、複数波長の混色としてしか表現できない色になってきます。
すなわち「黄色」とは、赤と緑の混色によっても、黄色単独でも表現しうるわけですが、3原色モデルによる説明では、この観点が欠けてしまっています。
また「白」についても、実際には色々な混色方法で白を作ることができますが、3原色モデルではこのことも表現できていません。
???「白って200色あんねん!」
問題2: 演色性
2つめの問題点は、1つめから派生する問題ですが、舞台照明で極めて重要であるはずの「演色性」に対する理解が欠けてしまう、という点です。
前述のとおり、ある「色」は波長単独で存在するかもしれないし、混色でも表現できることがあります。混色も、元になる波長の混合パターンは複数考えられます。これが「演色性」に影響することがあります。
たとえば「白」を考えてみましょう。一見同じ「白い光」でも、元になる波長と混合度の組み合わせは多数考えられます。



これらは光源を直視すると同じ色に見えることが多いですが、色鮮やかな衣装、人の肌色、……に当てた時に、元になる波長の組み合わせによって見え方が違ってしまいます(!)
どんなに元がカラフルな衣装でも、その衣装を照らす時、光源に含まれていない波長 (色成分) は失われますし、含まれていても他の波長に比べて弱い場合は、くすんで観客の目に届きます。
たとえば、 安価な白色LEDにありがちな「青と黄色の波長で作った白色」を考えてみましょう。この場合、赤の波長や、青~緑の中間波長が少ないので、これらの色はくすんで見えてしまいます。舞台上に赤い衣装を着た人がいた場合どうなるでしょうか?演者の肌色がくすんで生気が無さそうに見えたら?……せっかく舞台照明は舞台を美しく照らすためにあるのに、これでは審美上問題になるでしょう。
このような構成波長による色の見え方の違いを、被照射物本来の色をどれくらい照明で再現できるか、という観点で「演色性」と呼びます。 一般的には、同じ白色なら波長の種類が多ければ多いほど演色性が良い光源とされます。舞台照明で今でもハロゲン電球・キセノンランプが使われるのは、演色性の高さが理由の1つです。
ひるがえって「光の三原色」のことを考えると、このモデルでは「白」を表現する方法が1種類 (R+G+B) しかないので、このような演色性の問題に対する意識づけができません。
以上のようなことから、最初に述べた “混色に対する誤解” という点も含め、タイトルのとおり、「『光の三原色』だけで舞台照明を語ることはできない」と筆者は感じるのです。
おまけ1: 演色性とナトリウムランプ
演色性に関する興味深い例として、低圧ナトリウムランプの橙色があります。低圧ナトリウムランプはかつてトンネル内の照明等で使われた特殊な放電灯で、光源そのものを直視すると若干黄色がかった橙色に見えます。しかし、この光源は589nm付近の極めて狭い波長しか出していないので、橙色以外の物体に当てても色が失われ、橙色と灰色だけの世界になります。

季節によっては夕方の太陽が同じような「黄色がかった橙色」に見えることもあるでしょう。しかし太陽の演色性は高く、紫外線から赤外線まで幅広い波長を出しているので、物体に当てた時の色は失われません。
光源を直視すると似た色に見える場合でも、物体に当てた時の色は、その光源を構成する波長によってまったく異なるという良い例だと思います。
ちなみに、ナトリウムランプはその極端な演色性の悪さから逆に演出目的で使用されることがあります。当ブログ内、【照明ケーススタディ】No.2「低圧ナトリウムランプの魅力」の記事をご覧ください。
おまけ: 三原色モデルの起源と有用性
三原色モデルの起源について考察すると、おそらくヒトが色を感じ取るための3種類の錐体細胞が、おおむね赤、緑、青の3色に感度ピークがあること、および、色相環の中で一番離れた色同士であり、「もし世の中に代表的な色があるとすれば、この3色だ」と言いやすいからだと考えられます。
参考: 東京大学柴山研究室の解説、Wikipedia「色相」
また、実用例として、テレビやパソコンの画面は赤、緑、青の3色の明るさを変えることで色を表現しています。これは前述した、この3色の組み合わせで可視色のほとんどが作れるという性質を利用したものです。もちろん黄色やその他の波長を直接出せる画面があればもっと色彩表現が豊かになりますが (実際にSHARPがRGBYの4原色を使用したテレビを開発したことがあります)、 製造コストとの兼ね合いで「最小の原色数でそこそこ広い色域を表現できる」利点から、RGBが現在も主流です。
参考: 【光と色の三原色】RGBとCMYKの違いを超わかりやすく解説|321web
つまり三原色モデルは、コストパフォーマンスを追い求めた「最大公約数」的な意味合いも持ちます。直感的に理解しやすく便利な説明方法と言えるでしょう。
一方で、舞台照明では色について細かい議論を必要とするので、最大公約数的に選ばれた3色のモデルで、すべてを理解したつもりになるのはリスクがあると言って良いでしょう。
このような点も、記事タイトルの「「光の三原色」だけで舞台照明を語ることはできない」の趣旨につながります。
コメント