こんにちは。今回は舞台照明の現場、特にホールの現場でよく耳にする「パッチ送り(DMX IN / パッチスルー)」について解説します。
「パッチ」については別の記事で、「調光卓のチャンネル番号と、実際の機材のディマー番号(DMXアドレス)を紐付ける作業」だと解説しました。
では、「パッチ送り」とは一体何でしょうか? 一言でいうと、「持ち込み卓のデータを守りながら、異なるホールの設備を自由自在に操るための工夫」です。詳しく見ていきましょう。
現代的なムービング卓においては必ずしも「チャンネル」という単位で操作されていないこともありますが、分かりやすさのため、卓側の操作単位 (DMXアドレスではなく、オペレーター画面上の最小操作単位) として「チャンネル」という用語を使います。
よくあるシチュエーション:持ち込み卓 vs 常設卓
まず、この技術が必要になる場面を想像してみます。
あなたは劇団やバンドのツアーに帯同する照明オペレーターです。こだわりの明かりを作るために、自分の照明卓(持ち込み卓)にデータをプログラミングして、全国各地のホールを回っています。
一方、受け入れ先の「ホール(公共施設など)」には、そのホール専用の常設調光卓と、天井や床に設置された大量の灯体、そしてそれらを制御するディマー(調光ユニット)があります。
ここで問題が発生します。「どうやって持ち込み卓と、ホールの機材をつなぐか?」です。
ホールごとに「住所」が違う問題
ここで最大の壁となるのが、「ホールごとに、ディマー/DMXアドレスの番号がバラバラである」という事実です。
例えば、舞台奥のホリゾント幕を青く染める「LH(ローホリ)の青」を点けたいとします。
- A市民会館の場合: 「LHの青」は、ディマーユニットの1番 = DMXアドレスの「1番」に設定されている。
- B文化ホールの場合: 「LHの青」は、ディマーユニットの8番 = DMXアドレスの「8番」に設定されている。
もし、あなたが持ち込み卓のチャンネル1番を「LHの青」としてプログラムし、出力設定(パッチ)を「DMX 1」に固定していたらどうなるでしょうか?
A市民会館では問題なく青がつきます。しかし、B文化ホールに行っていきなり接続すると、DMX 1番(Bホールでは客電やサスの1回路目かもしれません)が点灯してしまい、「LHの青」はつきません。
データを書き換えるリスク
この問題を解決するために、「会場が変わるたびに、持ち込み卓の中身(パッチデータ)を書き換える」という方法がまず考えられますが、あまりおすすめできません。
なぜなら、ツアーで何箇所も回る場合、その都度データをいじることは以下のリスクを伴うからです。
- 人為的ミスの誘発: 書き換え間違いで本番中に明かりがつかない。
- データの破損: 複雑なデータを頻繁に上書きすることで、予期せぬバグや破損が起きる可能性がある。
- 時間のロス: 会場入りして限られた時間の中で、膨大なパッチ作業を自身の卓で行うのは非効率。
「持ち込み卓のデータは、できるだけ家で作った状態(あるいは初日の状態)から変えたくない」。これが座付き照明さんの本音です。
解決策:ホールの卓に「変換」してもらう
そこで登場するのが「パッチ送り」です。
これは、持ち込み卓から出たDMX信号を、直接ホールの常設ディマーユニットに繋ぐのではなく、一度ホールの常設卓に入力(DMX IN)し、ホールの卓経由でディマーへ送る方法です。
仕組みはこうです。
- 持ち込み卓: 「DMXアドレス 1」を出力します(これは自分の中では「LHの青」のつもり)。
- ホールの卓: 持ち込み卓からの「DMXアドレス 1」を受け取ります。
- ホールの卓でパッチ替え: 「持ち込み卓から来た『1』は、このホールでは『8(LHの青)』に出してあげよう」と設定します。
- ホールのディマー: ホール卓から「DMXアドレス 8」の指令が飛び、無事に「LHの青」が点灯します。
つまり、ホールの調光卓を「DMXアドレスの変換アダプター」として利用するのです。

パッチ送りのメリット
この方法の最大のメリットは、「会場ごとの違いを吸収できる」ことです。
- 持ち込み卓側: どの会場に行っても「DMX 1」を出せば「LHの青」がつく。データはほとんどいじらなくて良い。
- ホール側: 常設卓の機能を使って、持ち込み卓の信号を適切な回路へ割り振る(パッチする)だけで済む。
これにより、オペレーターは全国どこの会場に行っても、まるで同じ会場にいるかのような感覚(同じパッチ、同じチャンネル操作、同じフェーダー操作)で、現地の機材をコントロールできるようになります。
まとめ
「パッチ送り」とは、以下のためのテクニックです。
- 持ち込み卓のデータをできるだけ保護・維持したまま、
- ホールの常設卓のパッチ機能を借りて信号を組み替え、
- 会場ごとの設備の違いを吸収して、いつも通りの操作環境を作る。
ツアーを回る際、ホールの管理者さんと「そちらの卓には、DMX INがありますか?」「パッチ送りはできますか?」と打ち合わせができると、現場が非常にスムーズに進みます。
反対に、ホールの照明管理スタッフは、そのような「パッチ送り」の需要があることを理解し、自分のホールの卓が対応しているかどうかよく分かっておくことが求められます。
舞台照明は、芸術的なセンスだけでなく、こうした信号の流れを整理する論理的な思考も大切なお仕事の一つなのです。
「パッチ送り=DMX INからのパッチ替え再送出」はホール側調光卓の機能なので、必ずしもすべてのホール卓ができるわけではありません。乗り込み先のホール管理者とよく打ち合わせをし、認識違いがないように努めましょう。
「パッチ送り」のできないホール卓の場合、タマテックラボなどが作っている「DMXパッチ替えをするためだけの装置 (DMXパッチャー)」を持ち込むことで同等の目的を達成することができます。この場合必ずしもホール側調光卓を経由する必要はありませんが、会場によっては、「客電とボーダーライトはホール卓でも操作できるように」といった目的で、直接ディマーユニットに接続せずに、ホール卓を経由するように指定される場合もあります。このあたりはホールの運用方針に従ってください。
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