【照明ケーススタディ】普通じゃない場所で普通の照明をする

照明ケーススタディは、筆者がこれまでに担当した照明プラン・オペレートの中から、一般化できる知見を紹介するシリーズです。 なるべく汎用性のある知見を紹介していくつもりですが、他の記事群に比べると「個」が強く出ることをご理解ください。

舞台照明用の環境としては普通ではない場所(=民家)で、いかに「普通の舞台照明」を成立させたか、という話です。

目次

公演概要

  • 本番時期: 2020年3月
  • 公演名: アトリエ5-25-6 Produce vol.2 犬小屋計画『一人夜明けにパンを焼く』
  • 会場: アトリエ5-25-6
  • 筆者の立場: 照明プランナー兼オペレーター

この公演は、筆者が当時所属していた「gekidanU」が、知己のある外部団体を募ってプロデュースした公演です。gekidanUは、主宰の実家である3階建ての民家および隣接する屋外駐車場を使って公演を行う団体でした。プロデュース公演は、このように「場を持つ」団体として、ほかの団体にもその「場」を使って上演してもらいたいという思いから実施していた公演形態です。

今回の団体主催・演出家「サンいぬ」さんは、漫画家であり、『一人夜明けにパンを焼く』は、原作がマンガ(https://inugoya.sub.jp/075/comic/2003pan/)です。

照明仕込み図

本公演では筆者自身のスケジュールの都合から、仕込み日時点で仕込み図を作成できておらず、上記1枚目の「照明仕込図」は仕込み後に記録として作成したものです。

演出からの要望と思考過程

今回の演出家「サンいぬ」さんは、漫画家であり、観劇頻度は高いが演出をつけるのは初めてということで、主演でもあったヒガシナオキを中心に、劇団メンバーにて演出補佐的な役割も担っていました。よって照明の演出要望についても、最初はヒガシ伝手で聞き、後にサンいぬさん本人も交えて確認しました。

この物語のストーリーは、原作マンガからも分かるように、友人・母親と同居する幻覚を見続けている(ことが示唆される)主人公を中心に進行していきます。

  • 主人公は「朝」を嫌うかのように部屋の窓を閉め切っています。「会社の昇進のために名古屋へ旅立つ」というラストシーンでようやく「朝日」を見ようとして、やはりやめる、という場面が入ります。(=最終的に主人公が自分の幻覚・妄想の中に戻っていってしまうことを象徴している。原作マンガでは「名古屋へ行く」ことすら妄想だったことが示唆されます)
  • また、主人公の友人や母親との関わりは過去の回想として示されることもあります。
  • 母親の思い出の場所として「海」が使われます。
  • ラストシーンでは母親の不在を示すものとして「仄青い明かり」が使われます。(これはト書きに書いてあるので脚本側の指定)

つまり、照明的には

  • 日常=民家の屋内の明かり
  • 現実と回想の切り替えを照明で実施する
  • 朝日を示す明かり
  • 海を示す明かり
  • ラストの「仄青い明かり」(これはト書きに書いてあるので脚本の指定)

という要望が浮かび上がってきます。演劇的にはごくふつうの要求なのですが、ここはふつうの劇場ではなく民家です。このような「ふつうではない環境」で、いかに「ふつうの演劇的な照明要望」を満たすことができるか。それが今回の公演のテーマになります。

日常空間のバイアス

家を劇場にする、というのはそもそも、「本来、空間としては日常性がきわめて強い空間(=家)」を、演劇の必要に応じて「非日常のシーンを作る」ことが求められます。

これが一般的な劇場と反対の方向です。劇場はそもそもが非日常空間として作られていて、その中で演目の必要性に応じて日常っぽい明かりを作ることが求められる、という構図ですからね。

このような性質を踏まえると、家劇場で何も考えずに照明を作れば、基本的には「日常側」に強く引っ張られたバイアスがかかります。空間自体が日常の空間だからです。

このとき、意外と作りやすいのは「海のシーン」のようなコテコテの飾り明かりです。図面を見ると、この効果は#73(青色)のフィルターを入れた弾丸と、ウォーターエフェクトライト(American DJ H2O DMX PRO) を使用しており、ほとんど機材自体の効果でゴリ押ししています。家の構造にこのようなケレン味の強い光を当てると、程よく日常(家自体)と非日常(照明)の引っ張り合いが取れて、「おっ」と思うシーンが簡単に作れたりします。

「海」のシーン

同じ会場で2019年に上演した『金星』という作品では、タイムマシンが出発するシーンで派手な効果明かりを出しました。これも典型的にそのパターン、つまり日常空間を非日常的照明機材で押し返して成立させるパターンです。効果範囲も、狭いベランダの中だけに留まっていますし。

家という空間が強く「日常」のバイアスを持つので、非日常的な外連味たっぷりの照明はハードルが低い

一方で、「現実と回想の切り替え」のように、演劇的にはありふれた照明要望であっても、設備が貧弱な非劇場空間ではハードルが高いシーンの要望もあります。

回想シーンと、「もう一つの地明かり」

主人公であるニシくんが、現実と回想を行ったり来たりするため、これを照明で表現することが必須でした。

個人的に、回想は「赤い回想」と「白い回想」があると思っています。

専門的にいえば、①通常明かりに対して色温度を低くすることで回想を表現する方法と、②逆に色温度を高くすることで非現実感を出し、回想の表現とする方法です。

前者は#35、#45、#A-5、辺りで、懐かしい回想という感じ。後者は#79、#BL-1、#B-5、辺りを使い、幻想的な回想という感じですかね。

どちらの回想を使うかは、その時々の演出的な判断によるわけですが、いずれにしても必要になるのが、(広義の)地明かりを2種類用意する、という作業です。

広義の地明かり(=舞台全体をフラットに照らす、あまり特別な意味を持たない照明シーン)があったとして、それと同程度の明るさ感や広さ感を保ちながら、ちょっと別の方向性の明かりを作る、みたいなのを筆者は仮に「もう1つの地明かり(オルタナティブ・地明かり)」と名付けています。

たとえば、「トップ・シーリング・#B-3」主体の基本明かりがあったとき、それに対し、明るさ感や広さ感が同じで「ナナメ・フロントサイド・#A系」主体の、基本明かりっぽいものを「もう1つの地明かり」として作る。 そして、どちらかを基本、どちらかを回想として使用する。みたいなイメージです。

これが非劇場空間だと非常に難しい。非劇場空間には潤沢な電源や回路が存在しないので、似たような方向性・カバー範囲の明かりを2種類ダブらせて用意する、ということの優先順位が下がってしまいます。

それでも演目の進行上、現実と回想の区別が不可欠。

そこで今回はハード的な制約で「白い回想」をチョイスしました。

家に元々ある基本明かりが白熱電球のダウンライトとシャンデリアで、ベースの色温度が低め(=赤め)なので、これと対照的にするために、必然的に白っぽくすることにしました。

シャンデリアを使わずに「もう一つの地明かり」が作れるかどうか不安でしたが、秋に常設したダクトレールの一番端に、4000Kというやや白めの色温度を持つLEDミニフレネル (川本舞台照明 K1-LED) を吊って#00を入れたところ、ちょうどよくフラッドな地明かりになったので、一応これで「もう一つの地明かり」として良しとしました。

ベランダの照明

何かと毎回エモめの絵が生まれがちのベランダ部分ですが、これも今回、舞台照明的にはとても「普通」のことをやっています。

#A-3を入れたFQと、LEE#201 (#B-5相当) を入れたFQを1発ずつ。それと図面に無いですが、椅子に当てる凸が1発。

A-3とB-5は若干光の方向性が違うのですが、学生劇団がよくやるA-B混色の変種ですね。そこに凸を1発入れることで「広い」〜「狭い」の軸も生まれて、いかにも演劇照明って感じです。

さらに、反対側のベランダには、実際にベランダ(屋外)に575WのソースフォーPARを設置し、カーテンを開けると朝日が差し込む仕掛けとしました。台数は3台とし、3台照射による強烈な明るさ感と、主人公の精神状態を反映するように、「あまり好ましい色の朝日ではない」ことにしたいなと思い、色は#55(黄緑色)、#36(薄黄色)、#W(ナマ)としました。朝日なのに黄緑色が混ざっているのがポイントです。

若干黄緑色が滲む嫌な感じの朝日

まとめ

そんなこんなで、苦し紛れにひねり出した20ch程度の照明で絵作りを開始することになりました。
間に合ってなかったのと、シーン数が少なかったこともあり、場当たりを長めに取ってもらって、場当たりしながら絵作りをさせてもらいました。

最初に一通り、仕込んだ照明を1chずつ見てもらったのですが、その時にサンいぬさんが、「この手札で照明を作るんですね」と仰ったことをよく覚えています。

照明の絵作りを見たことある方ならわかると思いますが、チャンネル単独の照明は、ほとんど何だか良く分からない、寂しいスポット的な光でしかなく、組み合わせて初めて“照明”が立ち上がってきます。その意味でまさに、ポーカーの役(シーン)を作るための「手札」がチャンネルなのです。

こういう断片を見て、「手札」という言語化ができる演出家さんはそれまで出会ったことがなかったので妙に感動してしまい、印象に残っています。

まとまりのない文章ですが、総合して本公演は、家公演という特殊な環境でありながら極めて「普通の」演劇照明を実施したという感触が強く残っています。

これはある意味、設備改修も含めてこの家劇場という場所の使い方に習熟してきていた証かなと思います。

実は他にも、Philips Hue (スマート電球) を演劇照明に使うなど尖った試みもしていたのですが、それは別の記事で。

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この記事を書いた人

高校演劇~大学の学生劇団で照明を経験し、現在は会社員の傍らアマチュアで舞台照明を継続。第39回日本照明家協会賞舞台部門新人賞。非劇場空間の劇場化、舞台照明の歴史が得意。

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