もう1つの「パッチ」、強電パッチについて解説します。
それは、調光卓の頭がよくなる前の話
今でこそ、パッチと言えば、
で扱ったような、「調光卓にフェーダー番号とディマー番号の対応を覚えさせる」という作業のことをさしますが、一昔、いや二昔くらい前までは、調光卓にパッチ機能なんてありませんでした。テレビゲームに「セーブする」なんて機能が無かったような時代です。
今でも、安価な調光卓には、パッチ機能が無い場合があります。
では、その場合、フェーダーの並び順がぐちゃぐちゃでも我慢するのでしょうか?
そんなことはありません。「強電パッチ」というパッチ方法が存在したのです。
ディマーとコンセントの対応を入れ替える
調光卓にパッチ機能が無いということは、
フェーダー番号とディマー番号の対応を入れ替えることができない、ということです。
ということは、別のところを入れ替えればよいわけです。
具体的には、ディマーとコンセントの間に電線の中継点を作って、
ディマー番号とコンセント番号の対応を入れ替えられるようにすれば、フェーダーの並び順を変えることはできます。
それが、「強電パッチ」です。
↑ディマーからコンセントへ伸びていく電線を、途中で入れ替える
古い大劇場では、「強電パッチ盤」(負荷回路選択盤)などと呼ばれる専用の設備を、調光卓の近くに置いて、強電パッチをしやすいようにしています。
↑実際に強電パッチをしているところ
意外なメリットも
強電パッチは、100Vの電圧がかかっている電線(延長コード)を直接いじるわけですから、感電の危険もありますし、すべてコンピュータ上で済ませられるソフトパッチに比べるとかなり手間のかかる作業です。
でも、ソフトパッチには無い、強電パッチならではの利点もあります。
それは、「ディマーの数が足りなくても何とかなる」ところです。
昔はディマーがとても高価だったので、「ディマー(調光回路)は20回路しかないけど、コンセントは50ヶ所に作っちゃった!」ということはよくありました。
このような時、強電パッチ盤があれば、50ヶ所に伸びているコンセントのうち、使う灯体が差さっているコンセントだけを選び取って、ディマーに接続することができます。これなら、ディマーが20回路しかなくても、何とかなりそうです。
また、
- あるシーン (A) でしか使わない灯体 (a)
- 別のシーン (B) でしか使わない灯体 (b)
がある場合、本番中に強電パッチを入れ替えて、1回路のディマーで (a) (b) 両方の灯体を調光することもできます。
このように、強電パッチは、少ない調光回路を無駄なく使うための知恵でもあったのです。
「フェーダーを並べ替える」という役割はソフトパッチに完全に取って代わられましたが、
こちらの「少ないディマーを有効利用する」という意外なメリットはソフトパッチでは代替できません。
なので、調光卓が最新のものに変わっても、強電パッチ盤を残し続けている劇場は多く存在します。
「切り替え盤」を作って…
強電パッチのメリットを最大限活かすために、「切り替え盤」という機材を自作して使うこともあります。
先ほど「本番中に強電パッチを入れ替えて、1回路のディマーで数種類の灯体を調光する」というテクニックを紹介しましたが、それを楽に行うための機材です。
仕組みは単純で、二又~四又の分岐ケーブルを木の板に固定して、それぞれの出力側にスイッチを付けただけです。家庭で使う「スイッチ付きタップ」と同じ仕組みです。
これを使うと、「本番中の強電パッチの入れ替え」という危険な作業をスイッチだけで行うことができます。
仮設の現場では
ここで紹介した「強電パッチ」は、劇場のいろいろな場所に「コンセント」が伸びている常設の劇場でのみ存在する作業です。
何もないところに調光ユニットを設置するところから始まる仮設の現場(教室での演劇、野外コンサートなど)では、強電パッチという作業は存在しません。
しかし、「ディマーと灯体の対応を入れ替える」という点で、仮設現場で「入れ込み」と呼ばれる作業と非常によく似ています。
仮設の現場でも、「切り替え盤」は使えますし、小劇場と呼ばれるタイプの劇場では、「強電パッチ」と「入れ込み」の区別がかなり曖昧になります。
詳しくは、「入れ込み」に関する記事をお待ちください。
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